クラニオセイクラル・バイオダイナミクスや身体に関する色々を気まぐれにつづります。
|
Calendar |
Recent Entry |
Recent Comment |
Category |
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
年末だからというわけでもないですが、前回の記事で少し頭出しした、クラニオセッションの進め方方針についての簡単なまとめです。前にも似た記事を書いた気がしますが、当時理解不足だった点や、その後講座を受けている中で付け足された点があるので、進め方現行バージョンについて、自分の頭の整理のために書いてみます。
ちなみに最近思うに、ひとくちに「クラニオ」といっても、どうも私の想像以上にいろいろな派や考えがあるようで、もはや「バイオダイナミクス系クラニオの特徴はこうだ」等と私が統一見解を語ろうとすることは無意味なように思われるため、私がこのブログで書いていることは「ICSB派クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」を私自身が理解している範囲かつ、説明可能(だと思っている)な内容に限られることは改めてお断りしておきます。
■
ICSB派クラニオセイクラル・バイオダイナミクス(以下、クラニオ)では、「セッションで起こることは受ける方の身体システム次第」ではあるものの、何となく触れて起こるに任せているわけではなく、クライアントさんの状態に応じたセッションの進め方の方針があります。個人的には以下3パターンに分けられると理解しています。もっとも、必ずしもクライアントさんがこの状態なら絶対こうする、とマニュアル的に対応しているわけでもないので、おおよその方針と考えてください。なお、判断条件の1つである「システムに活力があるか」どうかは触れた時の身体システムの様子で判断します。
■①クライアントさんの身体システムに活力があり、落ち着くこともできる場合
この場合はICSB基礎教程の時から習う通常のセッションの進め方になります。1次呼吸が表現できている身体システムなので、セッションのガイドとして1次呼吸の現れ(フルイドタイド(ミッドタイド)、ロングタイドほか)を参考にします。
まずクライアントさんの身体システムが落ち着いた後、身体全体が1次呼吸として表現するパターンを認識し、基本原理に沿ってセッションを進め、それが新しいバランスを取り戻す手助けをします。大概のクラニオセッションはこの方向性で進めることになると思います。
クラニオでは「症状の軽減」や「肉体の歪みの矯正」はセッションのテーマとして扱いませんが、通常、①パターンでは、セッション中に頭部や足や内臓(もちろん内臓そのものではなく、臓器の直上あたりの部位ですが)などの特定部位に触れ、「触れた部位を中心に全体のバランスを取り戻すのを助ける」方針の進め方になるので、結果的にそれらの部位を中心に、物理的肉体の状態に何らか変化が起こることが期待されるセッションになると思います。また、どこに触れているか分からないと困るので、解剖学の知識もある程度は必要です。もっとも、術者の側はあくまでクラニオの原理原則に従って進めるもので、殊更に意識的に「変化への期待」や「変化するための誘導」をするものではないですが。
なお、前述のように、1次呼吸はあくまでガイドで、調整に1次呼吸のインハレーション・エクスハレーションと呼ばれるリズムについていくわけではありません。適切なセッションの進め方をしていて、クライアントさんの身体システムの条件も整っていると、クラニオで「ポーテンシー」と呼んでいる体内の熱エネルギー的なものが自動的に発生・使用され、調整が行われます。
ちなみに①の進め方ができる方は本人の主訴がどうであれ、クラニオ的には「特に元気な方」なので、②(CV4やEV4)や③のやり方をすることもできます。
■②クライアントさんの身体システムには一定の活力があるが、落ち着きがたい場合
しばらく原理原則に従って触れてみたものの、クライアントさんの身体システムが落ち着くことが困難である場合は、①のように、触れた部位を中心とした身体の変化・調整を意図せず、さらに状況に合わせ、主に以下2つの方法を取ります。
1つは、身体システムは混沌としているが1次呼吸は感知できる場合で、主にCV4やEV4といわれる手法を活用します。EV4は身体のエネルギーが内にこもっているような状態、CV4は身体システムが過活性で混沌としている状態の時に主に使用するものとされています。CV4やEV4の一般的な方法も1次呼吸のインハレーション、エクスハレーションをガイドにするもので、クライアントさんが(ダイナミック)スティルネスと呼ばれる深い静寂の状態に入り、その中で深く休息することを期待するものです。
もっとも、無理に誘導するわけではないので、いつもスティルネスに入るとは限りません。なお、個人的には1次呼吸のリズムをガイドにしなくても、自分の意識や以下③の応用でスティルネスに入りやすい状況は作れる気はしています。
2つ目は、そもそも1次呼吸が全く表現されていない、またはCV4やEV4を行おうとしたがうまくいきそうにない場合は、(私はそれが必要な事例を見たことがないのですが)「クライアントさんのシステムが可能な限り落ち着くまで待つ」だけのセッションを数回行い、その後、身体システムが落ち着いて、1次呼吸の表現もわかりやすく感じられるようになったら①やCV4、EV4などの手段を用いる、という選択肢もあるようです。やってみないとわかりませんが、個人的にはこのケースでも以下③の方法である程度対応できるのでは、と思っています。
■③身体システムに活力がない、もしくは特に身体に負荷を与えるべきでない場合
難病の方や死を前にした方、それ以外の理由で身体システムに活力がない方に対しては、①のように物理的肉体に直接的に変化を及ぼしうる方法はもちろん、②のような比較的物理的肉体にかかわらない方法すら身体に負荷を与えてしまう可能性が高いため、1次呼吸のリズムに積極的にアクセスすることも行わず、身体のあらゆる反応を透過するよう静かに触れ続ける方針となります。
触れているクライアントさんを無視して術者が自分の内側に集中するわけでもなく、ヘルス(健全さ)を身体の反応以外のところに見出していくような進め方となります。
この場合は主に①で身体の変化・調整のエネルギーとして活用されていたポーテンシーを「蓄積」することが主に期待されるセッション方針となります。これも①②と同じく、結果的に③の方針でセッションを行うと、そのような働きを体が起こしやすいだけで、「蓄積を誘導」したり、「蓄積させるために」やっている、というわけではありません。2016年のアドバンス講座でこのやり方やポーテンシーについて解説が行われ、これまでも何となく似たようなことはやっていましたが、理解がより明確になりました。
なお、②③ではやるだけなら①ほどには解剖学の知識がなくても対応可能ですが、1次呼吸システムへの理解や強固なプラクティショナーニュートラルはより重要になるかと思います。
■
この他にも、フィールドへの意識の置き方を調整したり、別法で③に近い進め方などもできると思いますし、①や③の方法を行っても、条件が整えば(ダイナミック)スティルネスに入っていくこともあると思いますが、クライアントさんの状況に応じた(ICAB派クラニオの)大まかなセッション方針としては上記3つにまとめられると思っています。
しいてまとめると、上記の①⇒②⇒③になるにしたがって、物理的肉体~エネルギー寄りのセッションになるイメージでしょうか。もっとも、いずれも術者はクライアントさんに触れてじっとしているだけなので、外見から違いはおそらく判別不能です。また、エネルギーといっても、(私の定義するところの)エネルギーワークではないので、クライアントさんの身体の外にあるエネルギーを使用することはありません。
1つ注意すべき点としては、②や③の方針が示すように、必ずしも「身体に変化が起きればよいわけではない」ということです。クライアントさんの状態を無視して、身体の変化は全部良いことだ、という考えのもとでセッションを進めていると、①のように矯正の意図を用いない、非浸食的な方法であっても、③のような状態の方を余計疲弊させたり、②のような状態の方の身体システムを余計混沌とさせて苦しい思いをさせてしまう可能性もあるということです。いくらクラニオセッションでの相手への接し方が自由といっても、ある程度のセッション大方針は必要と思うところです。
もっとも、前述のように、3つの方針といっても、こうきたらこう、とそこまで固定的に対応しているわけではないし、そもそも、ある程度経験がある方なら、例えば②の状況の方を前にしたら、上記のような分類を知らなくても、①のような対応をしたらあまり良くなさそうだと直感的にわかると思うので、クラニオの学習がある程度進んでいる方には特に必要ない区分という気もしますが。
■
2016年は私自身はあまり熱心にクラニオを行わない1年でしたが、亀のような歩みでも、上記のごとく、多少は理解が深まったり、ともかくどこかしらに向かって進んではいるようです。来年も亀の歩みながら前進していきたいところです。それではよいお年を。
ちなみに最近思うに、ひとくちに「クラニオ」といっても、どうも私の想像以上にいろいろな派や考えがあるようで、もはや「バイオダイナミクス系クラニオの特徴はこうだ」等と私が統一見解を語ろうとすることは無意味なように思われるため、私がこのブログで書いていることは「ICSB派クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」を私自身が理解している範囲かつ、説明可能(だと思っている)な内容に限られることは改めてお断りしておきます。
■
ICSB派クラニオセイクラル・バイオダイナミクス(以下、クラニオ)では、「セッションで起こることは受ける方の身体システム次第」ではあるものの、何となく触れて起こるに任せているわけではなく、クライアントさんの状態に応じたセッションの進め方の方針があります。個人的には以下3パターンに分けられると理解しています。もっとも、必ずしもクライアントさんがこの状態なら絶対こうする、とマニュアル的に対応しているわけでもないので、おおよその方針と考えてください。なお、判断条件の1つである「システムに活力があるか」どうかは触れた時の身体システムの様子で判断します。
■①クライアントさんの身体システムに活力があり、落ち着くこともできる場合
この場合はICSB基礎教程の時から習う通常のセッションの進め方になります。1次呼吸が表現できている身体システムなので、セッションのガイドとして1次呼吸の現れ(フルイドタイド(ミッドタイド)、ロングタイドほか)を参考にします。
まずクライアントさんの身体システムが落ち着いた後、身体全体が1次呼吸として表現するパターンを認識し、基本原理に沿ってセッションを進め、それが新しいバランスを取り戻す手助けをします。大概のクラニオセッションはこの方向性で進めることになると思います。
クラニオでは「症状の軽減」や「肉体の歪みの矯正」はセッションのテーマとして扱いませんが、通常、①パターンでは、セッション中に頭部や足や内臓(もちろん内臓そのものではなく、臓器の直上あたりの部位ですが)などの特定部位に触れ、「触れた部位を中心に全体のバランスを取り戻すのを助ける」方針の進め方になるので、結果的にそれらの部位を中心に、物理的肉体の状態に何らか変化が起こることが期待されるセッションになると思います。また、どこに触れているか分からないと困るので、解剖学の知識もある程度は必要です。もっとも、術者の側はあくまでクラニオの原理原則に従って進めるもので、殊更に意識的に「変化への期待」や「変化するための誘導」をするものではないですが。
なお、前述のように、1次呼吸はあくまでガイドで、調整に1次呼吸のインハレーション・エクスハレーションと呼ばれるリズムについていくわけではありません。適切なセッションの進め方をしていて、クライアントさんの身体システムの条件も整っていると、クラニオで「ポーテンシー」と呼んでいる体内の熱エネルギー的なものが自動的に発生・使用され、調整が行われます。
ちなみに①の進め方ができる方は本人の主訴がどうであれ、クラニオ的には「特に元気な方」なので、②(CV4やEV4)や③のやり方をすることもできます。
■②クライアントさんの身体システムには一定の活力があるが、落ち着きがたい場合
しばらく原理原則に従って触れてみたものの、クライアントさんの身体システムが落ち着くことが困難である場合は、①のように、触れた部位を中心とした身体の変化・調整を意図せず、さらに状況に合わせ、主に以下2つの方法を取ります。
1つは、身体システムは混沌としているが1次呼吸は感知できる場合で、主にCV4やEV4といわれる手法を活用します。EV4は身体のエネルギーが内にこもっているような状態、CV4は身体システムが過活性で混沌としている状態の時に主に使用するものとされています。CV4やEV4の一般的な方法も1次呼吸のインハレーション、エクスハレーションをガイドにするもので、クライアントさんが(ダイナミック)スティルネスと呼ばれる深い静寂の状態に入り、その中で深く休息することを期待するものです。
もっとも、無理に誘導するわけではないので、いつもスティルネスに入るとは限りません。なお、個人的には1次呼吸のリズムをガイドにしなくても、自分の意識や以下③の応用でスティルネスに入りやすい状況は作れる気はしています。
2つ目は、そもそも1次呼吸が全く表現されていない、またはCV4やEV4を行おうとしたがうまくいきそうにない場合は、(私はそれが必要な事例を見たことがないのですが)「クライアントさんのシステムが可能な限り落ち着くまで待つ」だけのセッションを数回行い、その後、身体システムが落ち着いて、1次呼吸の表現もわかりやすく感じられるようになったら①やCV4、EV4などの手段を用いる、という選択肢もあるようです。やってみないとわかりませんが、個人的にはこのケースでも以下③の方法である程度対応できるのでは、と思っています。
■③身体システムに活力がない、もしくは特に身体に負荷を与えるべきでない場合
難病の方や死を前にした方、それ以外の理由で身体システムに活力がない方に対しては、①のように物理的肉体に直接的に変化を及ぼしうる方法はもちろん、②のような比較的物理的肉体にかかわらない方法すら身体に負荷を与えてしまう可能性が高いため、1次呼吸のリズムに積極的にアクセスすることも行わず、身体のあらゆる反応を透過するよう静かに触れ続ける方針となります。
触れているクライアントさんを無視して術者が自分の内側に集中するわけでもなく、ヘルス(健全さ)を身体の反応以外のところに見出していくような進め方となります。
この場合は主に①で身体の変化・調整のエネルギーとして活用されていたポーテンシーを「蓄積」することが主に期待されるセッション方針となります。これも①②と同じく、結果的に③の方針でセッションを行うと、そのような働きを体が起こしやすいだけで、「蓄積を誘導」したり、「蓄積させるために」やっている、というわけではありません。2016年のアドバンス講座でこのやり方やポーテンシーについて解説が行われ、これまでも何となく似たようなことはやっていましたが、理解がより明確になりました。
なお、②③ではやるだけなら①ほどには解剖学の知識がなくても対応可能ですが、1次呼吸システムへの理解や強固なプラクティショナーニュートラルはより重要になるかと思います。
■
この他にも、フィールドへの意識の置き方を調整したり、別法で③に近い進め方などもできると思いますし、①や③の方法を行っても、条件が整えば(ダイナミック)スティルネスに入っていくこともあると思いますが、クライアントさんの状況に応じた(ICAB派クラニオの)大まかなセッション方針としては上記3つにまとめられると思っています。
しいてまとめると、上記の①⇒②⇒③になるにしたがって、物理的肉体~エネルギー寄りのセッションになるイメージでしょうか。もっとも、いずれも術者はクライアントさんに触れてじっとしているだけなので、外見から違いはおそらく判別不能です。また、エネルギーといっても、(私の定義するところの)エネルギーワークではないので、クライアントさんの身体の外にあるエネルギーを使用することはありません。
1つ注意すべき点としては、②や③の方針が示すように、必ずしも「身体に変化が起きればよいわけではない」ということです。クライアントさんの状態を無視して、身体の変化は全部良いことだ、という考えのもとでセッションを進めていると、①のように矯正の意図を用いない、非浸食的な方法であっても、③のような状態の方を余計疲弊させたり、②のような状態の方の身体システムを余計混沌とさせて苦しい思いをさせてしまう可能性もあるということです。いくらクラニオセッションでの相手への接し方が自由といっても、ある程度のセッション大方針は必要と思うところです。
もっとも、前述のように、3つの方針といっても、こうきたらこう、とそこまで固定的に対応しているわけではないし、そもそも、ある程度経験がある方なら、例えば②の状況の方を前にしたら、上記のような分類を知らなくても、①のような対応をしたらあまり良くなさそうだと直感的にわかると思うので、クラニオの学習がある程度進んでいる方には特に必要ない区分という気もしますが。
■
2016年は私自身はあまり熱心にクラニオを行わない1年でしたが、亀のような歩みでも、上記のごとく、多少は理解が深まったり、ともかくどこかしらに向かって進んではいるようです。来年も亀の歩みながら前進していきたいところです。それではよいお年を。
PR
「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」そのものの発展の歴史について前から気になっていたのですが、それに関して参考になりそうなページを見つけたのでまとめてみます。
■
これまで何度も書いてきたように、「クラニオセイクラルワーク(クラニオ)」は20世紀初頭~半ばごろに米国のオステオパス・サザーランド博士によってまとめあげられたボディワークです。
これまで日本語訳されているクラニオ本や先生から聞いた情報から分かるのは、クラニオのうち、私が学ぶ「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」はサザーランド博士が晩年に語ったという「ブレスオブライフ」の概念や人体の液のシステムに働きかける原理をもとに発展してきたワークという点のみで、それがどのように広まったのかについては個人的にはかなり曖昧でした。
サザーランド博士の没後、訓練を積んだオステオパスにのみ伝えられてきたクラニオを一般に広めたのは、オステオパスのアプレジャー氏とされていますが、アプレジャー氏が広めたのはバイオダイナミクスとセッション方針が異なる「メカニカルなクラニオ」で、一方の「バイオダイナミックなクラニオ」がどのように広まったのかの情報はどう探してよいのか、今一つ分からなかったので、この件は、気にはなっていたもののずっと放置していました。
■
今回、先の記事でフランクリン・シルズ氏が「ミッドタイド」の命名者と知ったことを機に、同氏がクラニオ・バイオダイナミクスを巡るキーパーソンであることが理解できてきたので、氏のプロフィールについて書いてあるページを探していたら、以下のページを発見し、クラニオ・バイオダイナミクスの発展についてもある程度の情報が手に入りました。
○シルズ氏の略歴(とクラニオ・バイオダイナミクスの発展 英語です)
http://www.craniosacral-biodynamics.org/history2.html
大雑把にまとめると、イギリス在住のシルズ氏はもともとポラリティセラピーというワークを1970年代に学んでいたが、ポラリティセラピーがサザーランド博士の思想に影響を受けているワークと知ってクラニオに興味を持ち、イギリスでオステオパスとしてのトレーニングを受け、「クラニアルワークを行っていたあるオステオパス(サザーランド博士ゆかりの方なのだろうと想像していますが、不明です)」に出会って影響を受けつつ研究を深める中で、サザーランド博士が提唱する原理との共通点を見出してまとめたものが、氏が提唱する「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」の原型にあたるようです。
その後、シルズ氏は1980年代半ばに他のオステオパスの勧めを受けてクラニオの教授を開始。当初はメカニカルなクラニオとバイオダイナミックなクラニオの両方を教えていたが、やがてバイオダイナミックなクラニオの教授のみに注力し、長年の試行錯誤を経ながらワークを発展させ、世界中の多くの人にバイオダイナミックなクラニオを教えたり影響を与えるに至る、というのがだいたいのあらましのようです。先のページの4ページ目には関係者(活躍している生徒?)として私の先生の名前も出ています。また、日本語訳されているクラニオ本「ウィズダム イン ザ ボディ」の著者Kern氏や、先日紹介したクラニオ本の著者Shea氏の名前も3ページ目に見られます。
■
上記から推測すると、オステオパシーを体系的に学んだ経験や「クラニアルワークを行うあるオステオパス」の出会いはあるにせよ、シルズ氏が誰かにまとまった体系としての「バイオダイナミクス」を習って、それをそのまま伝えてきた、というわけでもなさそうです。自らがオステオパシーで学んだ内容や臨床経験をもとにしつつ、自らが率いる団体「カルナ・インスティテュート」のスタッフなど多くの協力者とともに、サザーランド博士やベッカー博士の言葉などと照らし合わせながら、少しずつ発展させてきた流れが「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」なのかもしれません。
これまで、個人的にシルズ氏は有名なクラニオ・バイオダイナミクスのプラクティショナーだとしか思っていませんでしたが、この記述から判断するに、あまり知られていなかったバイオダイナミックなクラニオを研究・再構成し、世界に広めた功労者といえそうです。
そもそも、私が持っている民間資格(というか称号的なもの)「BCST」も、シルズ氏が中心になって編成した「IABT(The International Affiliation of Biodynamic Trainings)」という連盟に加盟しているクラニオトレーニング団体の教程卒業生に対して発行されるものなので、私自身もシルズ氏の活動の恩恵にあずかっている立場といえますね。
○IABT(とBCSTの説明)
http://biodynamic-craniosacral.org/bcst/
■
ここまでの情報で流れが説明できるならば、クラニオ・バイオダイナミクスのルーツについて探し回ったり考え込むこともないのですが、状況はそう単純ではなく、クラニオ・バイオダイナミクス発展の功労者としてよく名前が出てくる「ジム・ジェラス氏」の名前がシルズ氏のサイトにはありません。そこで、ジェラス氏の略歴も調べてみると、以下のサイトが見つかりました。
○ジェラス氏の略歴(英語)
http://www.biodynamische-osteopathie.com/English-Version/teacher.html
こちらは、まさにクラニオ創始者の伝統を受け継ぐ重厚な経歴という印象です。サザーランド博士の直弟子で、バイオダイナミクスに通じた術者として有名なベッカー博士から直接学んだほか、ジェラス氏の兄弟がサザーランド博士が晩年に暮らした場所の近所に住んでいたことから、サザーランド博士の晩年を共に過ごしたお弟子さんと縁ができたり、長年サザーランド博士と研究を続けてきた先生など、サザーランド博士と縁のあった多くの先生から直接学び、ご本人もオステオパシー大学の指導者として高い評価を受けている、という、まさに正統派です。おそらく非常にいろいろな試行錯誤をされたであろうシルズ氏と比べると非常に安定感のある経歴と言えます。
ジェラス氏が多くの先生から受け継いだものをアメリカのご自身の学校等で伝えている内容が、世界的に有名なもうひとつの「バイオダイナミクス」の流れといえそうです。もっともこちらはサイトの題名からして「バイオダイナミック・オステオパシー」というのが正式名称のようで、「クラニオ」という名のワークというより、オステオパシーとしての側面もかなり強そうなので、関係者の方が「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」と一緒にされることを歓迎するかはわかりませんが。
■
このほかにも、サザーランド博士の直弟子の方から直接バイオダイナミックなクラニオワークを学んだ方や、誰かに体系的にメカニカルなクラニオやオステオパシーを学んだのち、独自に研究してきた方がいると思うので、当然ながら「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」を学んだ方は、シルズ氏とジェラス氏に直接つらなる人のみではないと思います。たとえば、日本語訳されているクラニオ本「スティルネス」の著者のRidley氏は同書のプロフィールを見る限りは、どちらかのルートからも学んでいないようにも見えます(サザーランド博士の直弟子の一人をはじめとする多くの方に学んだようです)。
このように、クラニオバイオダイナミクスにも実際は色々な団体があり、「バイオダイナミック・クラニオセイクラル・セラピー」など、団体によってワーク名が微妙に違うこともありますが、基本的に「バイオダイナミックアプローチを行うクラニオ」の有名な勢力で、同アプローチの発展に特に大きな影響を与えたのは、シルズ氏とジェラス氏の2つの勢力のようだ、と今回の調査で概ね理解できた気がします。(ただし、あくまで先に紹介したサイトの情報からの判断なので、確信があるわけではありません。私が勘違いしている点が多々ある可能性がある点はご了承ください。)
これまで「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」はなんとなくサザーランド博士から1つのルートで直線的に伝わってきたような曖昧な印象を持っていましたが、少なくとも、発展と普及にあたってはこの2つかそれ以上の流れがあった、と考えると多少わかりやすい気はしてきました。
■
さて、大雑把に2大勢力があると仮定した場合、単純な好奇心として、そのワークの共通点と違いには純粋に興味が涌きます。シルズ氏も探求の過程においてジェラス氏と接触したことがあるのかもしれないので、両者の関係やワークとしての違いは現時点では私にはわかりませんが、ワークの基本原理そのものは同じであるにせよ、解釈の仕方やセッションのコンセプトなどの違いはあるのでは、と想像しています。
個人的には、プロのオステオパス仕様、解剖学ベース・治療寄りなのがジェラス氏の系統で、専門職でなくても学びやすく、西洋神秘学等の思想も含んでいるのがシルズ氏の系統なのでは、と想像しているのですが、単純にこの2派にわけて良いものなのかもよく判らず、仮にこの2派に分けられるとしても、両派のワークの実物を比較する機会がないので何とも言えません。なお、上記の違い(想像)はあくまでわかりやすくやや極端に書いたもので、「どちらかというと」という程度の違いと想像しています。
ジェラス氏に学び、同氏に信頼を寄せられているというトム・シェイバー氏の講座は日本でもしばしば開催されていると聞くので、その講座に出る機会があれば、ジェラス氏のコンセプトが若干見えてくるのかもしれないな、とも思います。私の先生の旦那さんも現在オステオパスとしてジェラス氏に学んでいるとのことなので、そちらのルートから何か伝わってくる可能性にも期待したいところです。ほぼすべて同じという可能性もありますが。
私がジェラス氏の講演を7,8年前くらいに聞いた時にこの辺りの事情が良く理解できていればシルズ氏の流れとのちょっとしたコンセプトの違いなどが肌でわかったかもしれませんが、当時の私はクラニオってなんだというレベルだったので仕方ないところです。(現在、記憶と照らし合わせる限りは、テクニックレベルはともかく、少なくとも話された内容に関してはほとんど私が学んだ内容と同じという印象ではあります。)クラニオバイオダイナミクスの発展ルートやバイオダイナミックなクラニオ各派の違い等について更なる情報が見つかるかは不明ですが、個人的にまだいまひとつ納得しきれていない部分もあるので、今後もテーマにしていこうと思います。
◆<後日追記>
色々考える所はありますが、上記のリンク先の文などを見る限り、方針や伝わっている技術の差はあるかもしれないにせよ、両派いずれも根本に据えている原理はサザーランド博士やベッカー博士のものである以上、ベースはほとんど同じなのではないか、となんとなく思っています。サザーランド博士の晩年の教えにどのように向き合うかの違いなのかもしれません。
サザーランド博士も晩年にバイオダイナミックなクラニオという選択肢は見出したものの、後進にいくつかの言葉や原理を残したのみで、メカニカルなクラニオに比べると、生前には十分に体系化できなかったのではないか、とも何となく思います。なので、上ではジェラス氏がそのまま教えを伝えているような書き方をしてしまいましたが、シルズ氏にしろジェラス氏にしろ、時間をかけて、それぞれのバイオダイナミックアプローチを体系化してきたという点は共通なのかもしれません。
また、上ではジェラス氏とシルズ氏の2つの流れをやや大雑把に対比させてしまいましたが、上記はあくまでWEBから拾ってきた情報から私が推測したもので、事実とは異なる可能性があります。実際に両方の系統を学んだわけでもなく、憶測の域を出ない以上、興味関心以上の目的で両者の違いをあら探ししたり、ましてや両者の優劣を論じることにあまり意味はなく、どちらの流れにもそれぞれ良い点があるのだろうと思います。
そもそも、両者とも十分な経験を積み、実力もあるからこそ世界で認められてきた、という前提は当然ながらあると思います。どんな技術でもそうですが、結局はだれに習って、どこに所属しているか、ではなくて(色々な方にセッションを行うことを想定しているならば、前提としてある程度しっかりしたトレーニングを受けることはほぼ必須だとは思いますが)、最終的には「その人自身」ということになるのでしょう。
■
そんなこんなで、少々怠けがちなこのブログではありますが、これが今年最後の記事となりそうです。
私自身に関しては、今年は伊豆のクラニオイベントも無事完遂でき、アドバンスコースに出てセッション展開について納得感が深まったり、この記事のように、クラニオ・バイオダイナミクス絡みの英語情報も少しは調べてみようという気も出てきたりしたので、会社員兼の活動としてはまあまあ頑張ったかなというところです。ちなみに、来年もどうも伊豆イベントはあるようなので、クラニオの出番があるかは不明ですが、もし出番があるならまた協力していきたいところです。
それでは皆様良いお年を。
■
これまで何度も書いてきたように、「クラニオセイクラルワーク(クラニオ)」は20世紀初頭~半ばごろに米国のオステオパス・サザーランド博士によってまとめあげられたボディワークです。
これまで日本語訳されているクラニオ本や先生から聞いた情報から分かるのは、クラニオのうち、私が学ぶ「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」はサザーランド博士が晩年に語ったという「ブレスオブライフ」の概念や人体の液のシステムに働きかける原理をもとに発展してきたワークという点のみで、それがどのように広まったのかについては個人的にはかなり曖昧でした。
サザーランド博士の没後、訓練を積んだオステオパスにのみ伝えられてきたクラニオを一般に広めたのは、オステオパスのアプレジャー氏とされていますが、アプレジャー氏が広めたのはバイオダイナミクスとセッション方針が異なる「メカニカルなクラニオ」で、一方の「バイオダイナミックなクラニオ」がどのように広まったのかの情報はどう探してよいのか、今一つ分からなかったので、この件は、気にはなっていたもののずっと放置していました。
■
今回、先の記事でフランクリン・シルズ氏が「ミッドタイド」の命名者と知ったことを機に、同氏がクラニオ・バイオダイナミクスを巡るキーパーソンであることが理解できてきたので、氏のプロフィールについて書いてあるページを探していたら、以下のページを発見し、クラニオ・バイオダイナミクスの発展についてもある程度の情報が手に入りました。
○シルズ氏の略歴(とクラニオ・バイオダイナミクスの発展 英語です)
http://www.craniosacral-biodynamics.org/history2.html
大雑把にまとめると、イギリス在住のシルズ氏はもともとポラリティセラピーというワークを1970年代に学んでいたが、ポラリティセラピーがサザーランド博士の思想に影響を受けているワークと知ってクラニオに興味を持ち、イギリスでオステオパスとしてのトレーニングを受け、「クラニアルワークを行っていたあるオステオパス(サザーランド博士ゆかりの方なのだろうと想像していますが、不明です)」に出会って影響を受けつつ研究を深める中で、サザーランド博士が提唱する原理との共通点を見出してまとめたものが、氏が提唱する「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」の原型にあたるようです。
その後、シルズ氏は1980年代半ばに他のオステオパスの勧めを受けてクラニオの教授を開始。当初はメカニカルなクラニオとバイオダイナミックなクラニオの両方を教えていたが、やがてバイオダイナミックなクラニオの教授のみに注力し、長年の試行錯誤を経ながらワークを発展させ、世界中の多くの人にバイオダイナミックなクラニオを教えたり影響を与えるに至る、というのがだいたいのあらましのようです。先のページの4ページ目には関係者(活躍している生徒?)として私の先生の名前も出ています。また、日本語訳されているクラニオ本「ウィズダム イン ザ ボディ」の著者Kern氏や、先日紹介したクラニオ本の著者Shea氏の名前も3ページ目に見られます。
■
上記から推測すると、オステオパシーを体系的に学んだ経験や「クラニアルワークを行うあるオステオパス」の出会いはあるにせよ、シルズ氏が誰かにまとまった体系としての「バイオダイナミクス」を習って、それをそのまま伝えてきた、というわけでもなさそうです。自らがオステオパシーで学んだ内容や臨床経験をもとにしつつ、自らが率いる団体「カルナ・インスティテュート」のスタッフなど多くの協力者とともに、サザーランド博士やベッカー博士の言葉などと照らし合わせながら、少しずつ発展させてきた流れが「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」なのかもしれません。
これまで、個人的にシルズ氏は有名なクラニオ・バイオダイナミクスのプラクティショナーだとしか思っていませんでしたが、この記述から判断するに、あまり知られていなかったバイオダイナミックなクラニオを研究・再構成し、世界に広めた功労者といえそうです。
そもそも、私が持っている民間資格(というか称号的なもの)「BCST」も、シルズ氏が中心になって編成した「IABT(The International Affiliation of Biodynamic Trainings)」という連盟に加盟しているクラニオトレーニング団体の教程卒業生に対して発行されるものなので、私自身もシルズ氏の活動の恩恵にあずかっている立場といえますね。
○IABT(とBCSTの説明)
http://biodynamic-craniosacral.org/bcst/
■
ここまでの情報で流れが説明できるならば、クラニオ・バイオダイナミクスのルーツについて探し回ったり考え込むこともないのですが、状況はそう単純ではなく、クラニオ・バイオダイナミクス発展の功労者としてよく名前が出てくる「ジム・ジェラス氏」の名前がシルズ氏のサイトにはありません。そこで、ジェラス氏の略歴も調べてみると、以下のサイトが見つかりました。
○ジェラス氏の略歴(英語)
http://www.biodynamische-osteopathie.com/English-Version/teacher.html
こちらは、まさにクラニオ創始者の伝統を受け継ぐ重厚な経歴という印象です。サザーランド博士の直弟子で、バイオダイナミクスに通じた術者として有名なベッカー博士から直接学んだほか、ジェラス氏の兄弟がサザーランド博士が晩年に暮らした場所の近所に住んでいたことから、サザーランド博士の晩年を共に過ごしたお弟子さんと縁ができたり、長年サザーランド博士と研究を続けてきた先生など、サザーランド博士と縁のあった多くの先生から直接学び、ご本人もオステオパシー大学の指導者として高い評価を受けている、という、まさに正統派です。おそらく非常にいろいろな試行錯誤をされたであろうシルズ氏と比べると非常に安定感のある経歴と言えます。
ジェラス氏が多くの先生から受け継いだものをアメリカのご自身の学校等で伝えている内容が、世界的に有名なもうひとつの「バイオダイナミクス」の流れといえそうです。もっともこちらはサイトの題名からして「バイオダイナミック・オステオパシー」というのが正式名称のようで、「クラニオ」という名のワークというより、オステオパシーとしての側面もかなり強そうなので、関係者の方が「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」と一緒にされることを歓迎するかはわかりませんが。
■
このほかにも、サザーランド博士の直弟子の方から直接バイオダイナミックなクラニオワークを学んだ方や、誰かに体系的にメカニカルなクラニオやオステオパシーを学んだのち、独自に研究してきた方がいると思うので、当然ながら「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」を学んだ方は、シルズ氏とジェラス氏に直接つらなる人のみではないと思います。たとえば、日本語訳されているクラニオ本「スティルネス」の著者のRidley氏は同書のプロフィールを見る限りは、どちらかのルートからも学んでいないようにも見えます(サザーランド博士の直弟子の一人をはじめとする多くの方に学んだようです)。
このように、クラニオバイオダイナミクスにも実際は色々な団体があり、「バイオダイナミック・クラニオセイクラル・セラピー」など、団体によってワーク名が微妙に違うこともありますが、基本的に「バイオダイナミックアプローチを行うクラニオ」の有名な勢力で、同アプローチの発展に特に大きな影響を与えたのは、シルズ氏とジェラス氏の2つの勢力のようだ、と今回の調査で概ね理解できた気がします。(ただし、あくまで先に紹介したサイトの情報からの判断なので、確信があるわけではありません。私が勘違いしている点が多々ある可能性がある点はご了承ください。)
これまで「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」はなんとなくサザーランド博士から1つのルートで直線的に伝わってきたような曖昧な印象を持っていましたが、少なくとも、発展と普及にあたってはこの2つかそれ以上の流れがあった、と考えると多少わかりやすい気はしてきました。
■
さて、大雑把に2大勢力があると仮定した場合、単純な好奇心として、そのワークの共通点と違いには純粋に興味が涌きます。シルズ氏も探求の過程においてジェラス氏と接触したことがあるのかもしれないので、両者の関係やワークとしての違いは現時点では私にはわかりませんが、ワークの基本原理そのものは同じであるにせよ、解釈の仕方やセッションのコンセプトなどの違いはあるのでは、と想像しています。
個人的には、プロのオステオパス仕様、解剖学ベース・治療寄りなのがジェラス氏の系統で、専門職でなくても学びやすく、西洋神秘学等の思想も含んでいるのがシルズ氏の系統なのでは、と想像しているのですが、単純にこの2派にわけて良いものなのかもよく判らず、仮にこの2派に分けられるとしても、両派のワークの実物を比較する機会がないので何とも言えません。なお、上記の違い(想像)はあくまでわかりやすくやや極端に書いたもので、「どちらかというと」という程度の違いと想像しています。
ジェラス氏に学び、同氏に信頼を寄せられているというトム・シェイバー氏の講座は日本でもしばしば開催されていると聞くので、その講座に出る機会があれば、ジェラス氏のコンセプトが若干見えてくるのかもしれないな、とも思います。私の先生の旦那さんも現在オステオパスとしてジェラス氏に学んでいるとのことなので、そちらのルートから何か伝わってくる可能性にも期待したいところです。ほぼすべて同じという可能性もありますが。
私がジェラス氏の講演を7,8年前くらいに聞いた時にこの辺りの事情が良く理解できていればシルズ氏の流れとのちょっとしたコンセプトの違いなどが肌でわかったかもしれませんが、当時の私はクラニオってなんだというレベルだったので仕方ないところです。(現在、記憶と照らし合わせる限りは、テクニックレベルはともかく、少なくとも話された内容に関してはほとんど私が学んだ内容と同じという印象ではあります。)クラニオバイオダイナミクスの発展ルートやバイオダイナミックなクラニオ各派の違い等について更なる情報が見つかるかは不明ですが、個人的にまだいまひとつ納得しきれていない部分もあるので、今後もテーマにしていこうと思います。
◆<後日追記>
色々考える所はありますが、上記のリンク先の文などを見る限り、方針や伝わっている技術の差はあるかもしれないにせよ、両派いずれも根本に据えている原理はサザーランド博士やベッカー博士のものである以上、ベースはほとんど同じなのではないか、となんとなく思っています。サザーランド博士の晩年の教えにどのように向き合うかの違いなのかもしれません。
サザーランド博士も晩年にバイオダイナミックなクラニオという選択肢は見出したものの、後進にいくつかの言葉や原理を残したのみで、メカニカルなクラニオに比べると、生前には十分に体系化できなかったのではないか、とも何となく思います。なので、上ではジェラス氏がそのまま教えを伝えているような書き方をしてしまいましたが、シルズ氏にしろジェラス氏にしろ、時間をかけて、それぞれのバイオダイナミックアプローチを体系化してきたという点は共通なのかもしれません。
また、上ではジェラス氏とシルズ氏の2つの流れをやや大雑把に対比させてしまいましたが、上記はあくまでWEBから拾ってきた情報から私が推測したもので、事実とは異なる可能性があります。実際に両方の系統を学んだわけでもなく、憶測の域を出ない以上、興味関心以上の目的で両者の違いをあら探ししたり、ましてや両者の優劣を論じることにあまり意味はなく、どちらの流れにもそれぞれ良い点があるのだろうと思います。
そもそも、両者とも十分な経験を積み、実力もあるからこそ世界で認められてきた、という前提は当然ながらあると思います。どんな技術でもそうですが、結局はだれに習って、どこに所属しているか、ではなくて(色々な方にセッションを行うことを想定しているならば、前提としてある程度しっかりしたトレーニングを受けることはほぼ必須だとは思いますが)、最終的には「その人自身」ということになるのでしょう。
■
そんなこんなで、少々怠けがちなこのブログではありますが、これが今年最後の記事となりそうです。
私自身に関しては、今年は伊豆のクラニオイベントも無事完遂でき、アドバンスコースに出てセッション展開について納得感が深まったり、この記事のように、クラニオ・バイオダイナミクス絡みの英語情報も少しは調べてみようという気も出てきたりしたので、会社員兼の活動としてはまあまあ頑張ったかなというところです。ちなみに、来年もどうも伊豆イベントはあるようなので、クラニオの出番があるかは不明ですが、もし出番があるならまた協力していきたいところです。
それでは皆様良いお年を。
◆
自己設定したクラニオの理屈や技法についてのテーマ(ネタ)も残り少なくなってきました。それが尽きたら、クラニオに関しては一体何を書いたらいいのか分かりませんが、まあ、尽きたら尽きた時に考えるとして、書くことがある限りは書いてみますか。
◆
今回のお題である「静脈洞排出」というのは、私がクラニオ講座で教えられた技法のひとつです。概要としては、文字通り、頭内の「静脈洞」からの静脈血のスムーズな排出を助ける(といわれている)技法です。ちなみに、wikipediaによると、「静脈洞(venous sinus)」とは、「静脈血が流れていても管らしくなく、周りの組織の隙間と言えるような場所に使われる語」とのことです。要するに、「静脈血が流れているけども、血管じゃない管っぽい部分」ということでしょうか。心臓にも同等の器官があるようですが、ここではあくまで頭内の静脈洞に対する技法です。
なお、頭内の静脈洞には例えば以下の図↓のような種類があり、
http://www.i-l-fitness-jp.com/aboutbody/circulatory-system/vein/img/koumakujoumyakudou-3.JPG最終的には静脈洞を通った静脈血は内頚静脈(図の下部)に流れ込むようになっているそうです。
この流れをより円滑にするのが目的なのでしょうね。
◆
その静脈洞には、上記リンク先にもある通り、部位によって「上矢状静脈洞」「横静脈洞」など、色々な名前があるのですが、この技法はそれぞれの静脈洞に対して順番に行います。
具体的には、ある静脈洞の脇(物理的には触れられないので、正確にはその付近と言うところです)に軽く指を置いて、静脈洞の状態を感じて(触れていると、今触れているつもりの静脈洞は右の方が流れていなそうだと感じたりします)なんとなく待っていると(意図的に流れを作ったり揉んだり締めたりはしません)、その静脈洞がゆるんで、流れがスムースになった感じがするので、次なる静脈洞(の付近の頭部どこか)に触れる、を繰り返します。
通常のクラニオバイオのセッションでは1箇所につき10~15分、時には30分くらい触れていることもありますが、これに関しては1箇所につき1分くらいしか待たず、流れたなと思ったらすぐに先に行きます。どの静脈洞から初めてもいいのではなく、正確な順番があり、各静脈洞(の付近)と静脈洞交会という部位(静脈洞が交わる位置)に一通り触れたら終了となります。
やや半端な書き方をしていますが、これに関しては、特に繊細な部位ということで、変に真似でもすると(この変なブログを読んでそんな気分になる方はいないと思いますが…)どこかおかしくなるかも知れないので、念のためこの程度の記述にとどめておきます。
◆
排出といっても、事実上操作は行わないので、その辺りはクラニオらしいと言えばらしいのかもしれないですが、もとより、全体性の視点がやや薄い点と、とりあえずやる側の都合で目的を定めている点において、(やや極端に考えると)クラニオバイオの世界観になんとなく相容れない部分が多い技法のようにも感じられなくはないです。
講座中に練習した(受けた)感触としては、気持ちよいという方も多かったですが、私自身は脳内の血液が妙に沢山流れているようで、何だか変な気分ではありました(まあ、それが血液がとても良く流れている状態なんでしょうし、失敗したり気持ち悪かったりしたわけではないのですが)。
なんというか、そんなに頻繁に受けたい技法ではないですね。実際、そんなに頻繁にやる技法ではない(確か、せいぜい月1くらい)と先生も言われていた気がします。どちらかというと、お疲れ気味のミドル・シニア層の方に向いている技法という話があった記憶があり、とりあえずまだミドルではない私の身体にはあんまり必要性がなかったのかも知れません。
◆
どうにも気合いの入らない書き方になってしまいましたが、「これをしなければならない状況」は思いつかないので、個人的には、「習ったけれども使う気がないセルフ封印技法の代表」というのが正直なところであります。ううむ。思い入れがない技法だとあっさりしていますね。まあ、こういうものもありましたよ、ということで、紹介でした。
自己設定したクラニオの理屈や技法についてのテーマ(ネタ)も残り少なくなってきました。それが尽きたら、クラニオに関しては一体何を書いたらいいのか分かりませんが、まあ、尽きたら尽きた時に考えるとして、書くことがある限りは書いてみますか。
◆
今回のお題である「静脈洞排出」というのは、私がクラニオ講座で教えられた技法のひとつです。概要としては、文字通り、頭内の「静脈洞」からの静脈血のスムーズな排出を助ける(といわれている)技法です。ちなみに、wikipediaによると、「静脈洞(venous sinus)」とは、「静脈血が流れていても管らしくなく、周りの組織の隙間と言えるような場所に使われる語」とのことです。要するに、「静脈血が流れているけども、血管じゃない管っぽい部分」ということでしょうか。心臓にも同等の器官があるようですが、ここではあくまで頭内の静脈洞に対する技法です。
なお、頭内の静脈洞には例えば以下の図↓のような種類があり、
http://www.i-l-fitness-jp.com/aboutbody/circulatory-system/vein/img/koumakujoumyakudou-3.JPG最終的には静脈洞を通った静脈血は内頚静脈(図の下部)に流れ込むようになっているそうです。
この流れをより円滑にするのが目的なのでしょうね。
◆
その静脈洞には、上記リンク先にもある通り、部位によって「上矢状静脈洞」「横静脈洞」など、色々な名前があるのですが、この技法はそれぞれの静脈洞に対して順番に行います。
具体的には、ある静脈洞の脇(物理的には触れられないので、正確にはその付近と言うところです)に軽く指を置いて、静脈洞の状態を感じて(触れていると、今触れているつもりの静脈洞は右の方が流れていなそうだと感じたりします)なんとなく待っていると(意図的に流れを作ったり揉んだり締めたりはしません)、その静脈洞がゆるんで、流れがスムースになった感じがするので、次なる静脈洞(の付近の頭部どこか)に触れる、を繰り返します。
通常のクラニオバイオのセッションでは1箇所につき10~15分、時には30分くらい触れていることもありますが、これに関しては1箇所につき1分くらいしか待たず、流れたなと思ったらすぐに先に行きます。どの静脈洞から初めてもいいのではなく、正確な順番があり、各静脈洞(の付近)と静脈洞交会という部位(静脈洞が交わる位置)に一通り触れたら終了となります。
やや半端な書き方をしていますが、これに関しては、特に繊細な部位ということで、変に真似でもすると(この変なブログを読んでそんな気分になる方はいないと思いますが…)どこかおかしくなるかも知れないので、念のためこの程度の記述にとどめておきます。
◆
排出といっても、事実上操作は行わないので、その辺りはクラニオらしいと言えばらしいのかもしれないですが、もとより、全体性の視点がやや薄い点と、とりあえずやる側の都合で目的を定めている点において、(やや極端に考えると)クラニオバイオの世界観になんとなく相容れない部分が多い技法のようにも感じられなくはないです。
講座中に練習した(受けた)感触としては、気持ちよいという方も多かったですが、私自身は脳内の血液が妙に沢山流れているようで、何だか変な気分ではありました(まあ、それが血液がとても良く流れている状態なんでしょうし、失敗したり気持ち悪かったりしたわけではないのですが)。
なんというか、そんなに頻繁に受けたい技法ではないですね。実際、そんなに頻繁にやる技法ではない(確か、せいぜい月1くらい)と先生も言われていた気がします。どちらかというと、お疲れ気味のミドル・シニア層の方に向いている技法という話があった記憶があり、とりあえずまだミドルではない私の身体にはあんまり必要性がなかったのかも知れません。
◆
どうにも気合いの入らない書き方になってしまいましたが、「これをしなければならない状況」は思いつかないので、個人的には、「習ったけれども使う気がないセルフ封印技法の代表」というのが正直なところであります。ううむ。思い入れがない技法だとあっさりしていますね。まあ、こういうものもありましたよ、ということで、紹介でした。
◆
回想モードに延々と入っているのも何なので、今回はまたCV4、EV4と呼ばれるクラニオ技法…のようなものについてごく簡単に書いてみます。
パソコンの機器名や薬品名のような奇妙な名前の技法ですが、CV4は「Compression of 4th Ventricle」、EV4は「Expansion of 4th Ventricle」の略です。「Ventricle」は「脳室(脳の中央に位置する空間。クラニオも注目する脳脊髄液の産生、循環が行われている。)」です。むりやり直訳すると「CV4=第4脳室圧縮」、「EV4=第4脳室拡張」とでもなるのでしょうか。訳すると人体解剖チックなますます恐ろしげな名前となりました。
しかし、圧縮や開放と言っても、本当に第4脳室をいじりに行くわけではありません。脳に変なショックを与えるだけでもやばそうですが、第4脳室は人体の生命維持機能を司る「脳幹」にも隣接していますから、下手にそんなことをしたら大変なダメージを受けそうです。
もっとも、クラニオ技術の黎明期はどうすればよいのか分からないので、特殊な手の形で頭部を圧縮することで本当に圧をかけていたようです。ただ、時代を経るにつれて、そんなに無理やりな事をしなくても、ごく微量の意図、あるいはそれ以前の刺激と言えないほどのものでも身体は反応しているらしい、ということが分かってきたため、今は「圧を加える」と言っている流儀もごくソフトに行っていると思います。今はただ、黎明期の名前がそのまま残っているというわけです。なお、圧を加えなくても、第4脳室が結果的に自分で広がったり、締まったりするという働き自体は現代verでも多分起きているのでしょう。
◆
で、何をするかですが、CV4,EV4のどちらも、受ける人の身体(主に頭部)に触れ、「1次呼吸」の極で待つということをします。
(これまで書いてきたように)1次呼吸は人体のリズムで、肺呼吸のように閉じる-開く、伸びる-縮むのような(厳密にはちょっと違いますが、とりあえず分かりやすくそう表現します)とてもゆっくりな動きを全身に常時提供しており、そのリズムに乗るようにして、脳脊髄液もまた、代謝的活動をしているようです。
なお、1次呼吸自体は「働き」であって、伸びたり縮んだりしません。伸びたり縮んだりするのは、その働きによって「動かされている」人体のほうです。身体が勝手に伸びたりしているので、その裏に1次呼吸のはたらきがあるんだなと、触れる人は間接的に分かる感じです。
で、その1次呼吸には、「極」があります。大雑把に言うと伸びきった瞬間と縮まりきった瞬間のようなものがあるということです。さらに、その極には「スティル(静けさの意)ポイント」と呼ばれる静止の時間もあります。体感では結構長く止まっています。リズムが「伸びきった」後、若干の静止を経て、「縮まる」リズムにターンする、「縮まりきった」後にも若干の静止を経て、「伸びる」リズムにターン…といったことを繰り返しているとでも想像して頂ければよいです。かっこよく言えば、人体は「陰極まりて陽となる」みたいなことをずっとやってるといえましょうか。
◆
そして、CV4の場合は、「縮まりきった極にある静止」に来たときにその静止をなんとなく意識してみます。逆にEV4の場合は「伸びきった極にある静止」に来たときに、その静止をなんとなく意識してみます。本には「そこから更に静かな状態に入れるか提案する」ような記述があります。細かい1次呼吸の更に細かい部分が分かる必要があるので、実行にはそれなりの知覚が必要となります。
1度のターンで何も起こらなかったら、次のターンでも同じことを繰り返します(見た目上何もしていませんが)。すると、身体は(気分が乗れば)さらに静かな状態に入っていき、そこで休息するように長い時間静まります。何度もターンを待って、何も起きそうもないならば、あきらめます。1次呼吸をただ十分に感じるだけでも、身体にとっては休息になっているので良しとします。無理やり「静まれよ!」みたいなことはしません。
というわけで、名前は違いますが、手順はよく似ています。しいていえば、一般的にはCV4では後頭部、EV4では側頭部に触れる事が多いようです。ただ、どちらも仙骨に触れてでもできるようです。実際、1次呼吸のリズムの狭間にある静止状態が捉えられるかがポイントの技法だとしたら、どこでも良いとは言えないにせよ、触れている部位は頭部にこだわることもないのでしょう。なお、これはあくまで私が習った範囲の内容を私なりの言葉で書いているもので、同名の技法でも別流儀のクラニオでは多分別の方法を使うと思われます。しかるべき手段として体系的に残っているものに関しては、どれかが誤っているわけではなく、方法論や目的が違うだけでしょう。
※(その後の追記)バイオダイナミクス派の場合、技法としては何となく1次呼吸の極がわかることが前提なので、EV4もCV4も、受ける方が落ち着けるポジションならどこでもできます。もっとも、鼻骨や蝶形骨など細かいもしくはデリケートな部分に触れて行うことは難しいと思うので、後頭骨、仙骨、足首辺りで行うのが無難でしょう。
ちなみに、上記で明示していませんが、私が学んだバイオダイナミクス派のCV4、EV4は、1次呼吸の複数あるリズムのうち、一番早いリズムのCRIではなく、ミッドタイド(1分につき1-3サイクル程度)かロングタイド(100秒につき1サイクル程度)のリズムにあわせて行います。
両者の用途、もしくは起こる結果としての違いは、EV4は主に鬱滞しているエネルギーを開放するような働き、CV4は逆に疲れ切った身体にエネルギーをチャージするような働きを起こしやすいと言われています。起こしやすいというだけで、そうなるとも限らないわけですが、まあ、そのような傾向がある気はします。EV4では静まった後に身体からエネルギーがわき上がっていくような感じ、CV4では、静けさの中で身体に滋養が蓄えられて穏やかに目を覚ますという感じでしょうか。臨床の場ではクライアントさんの状態に応じて使い分けられているようです。
※(その後の追記)私が学んだバイオダイナミクス派の場合は、受ける方の身体全体の雰囲気がかなり疲弊している、もしくはかなり活性化していると感じられる場合に主に使用する選択肢となっており、個人的には意外と出番がないスキルです。
◆
まあ、こんな感じです。ただ、よく考えてみれば、これもまた、クラニオ・バイオダイナミクスの最大の特徴が、身体の叡智を信頼して手を加えないことだと主張するのならば、クラニオ・バイオダイナミクス的態度を徹底したときには微妙な立ち位置の技法とも言えるかも知れません。
別に殊更にCV4,EV4どちらかに導こう(導き方が「提案」程度のものだったとしても)としなくても、術者の対応(余計な事しない態度)が適切であるならば、身体は必要に応じてEV4なりCV4なり好きなほうの状態に入るんじゃないだろうか、と思わなくもなかったりします。このあたりは「もう一歩の手助けがあればCV4に入れるとして、その背中を押すべきなのか、信頼して待つべきなのか」といった態度に関わると思われますが、今の私は経験がまだ少ないこともあって、何とも言えません。なんとなく、待ちたいなと思っているというのはあります。
この2つは「クラニオの技法」としては有名ですし、Vスプレッドなどに比べれば、どうしても必要ならば使ってもいいかなとも思いますが、改めて「クラニオ・バイオダイナミクスとは何か?」「私はどんなクラニオ・バイオダイナミクスのセッションを提供したいのか?」を考えるにあたって、いろいろ無視し得ない部分がある立ち位置の技法であることは確かなようです。
■※(その後の追記:2020ver)
最後の部分で過去の私は色々迷っていますが、その後年数が経過し、私の理解の上でも、私が習う講座の内容の上でも、CV4やEV4はセッション中に意識的に行うべきスキルではない、という結論に至っています。
上記の通り、記事を書いた当時の私は、これらのスキルはバイオダイナミクス派が本来目指すはずのスタンスと矛盾するのではという思いを持っており、更なる違和感を覚えていた2014年時点では『バイオダイナミクス派の場合、「CV4はこういう場合使う」等のような、「こういう場合こうする」というハウツー的な選択肢に基本的に頼らず、サザーランド博士が言うところの「静まりて知るべし(Be still and Know)」の方針で万事に対応することが技法的特徴であり、魅力でもあるように感じます。』…というやや控えめなコメントや、『くたびれている・活性化しているように感じられる方の身体システムも、大概は1次呼吸を意識せず、基本的な触れ方をしているだけで、自然とエネルギーを開放したり落ち着いたり、必要なことをしているようだ、と感じることがあり、身体は自然と必要なことを選択していると思うところです』という感想を追記しています。結果的に、当時から感じていた私の違和感は間違っていなかったようです。
セッション中にCV4やEV4の使いどころが事実上ない主な理由としては、どんな形であれ、ある状態にクライアントを意識的に誘導しようとすることで、身体システムの自己調整に用いられるはずのクライアントのエネルギー(ポーテンシー)を消費させてしまい、身体システムが余計疲弊してしまう可能性が高いためです。プラクティショナーの介入の度合いによっては、身体に余計なパターン(不活性ファルクラム)を付与してしまい、調子が悪くなる可能性すらあります。
CV4やEV4は弱っているクライアント向けの方法とありますが、上記の通り、弱っているクライアントに対して多少でも操作や誘導を伴うワークを行うと、余計弱ってしまう可能性が高いので、「そもそも上記のような方法で行うCV4やEV4は、弱っている人に行ってはいけない」といえます。
ちなみに、弱っている方に対するセッション方針としては、極力一次呼吸を探したり意識しようとせず、プラクティショナー自身のスティルネスやプラクティショナーニュートラルに伴う安定感などにつながり、クライアント周辺のフィールド(体の内部の動きではなく)などの存在を軽く意識しつつ、ただ静かに触れているのが良いと思います。劇的な変化が起きなくても、クライアントのポーテンシーの蓄積を結果的に促してくれる可能性が高いと思います。
結論としては、現時点において、CV4、EV4は実際に現場で使うものというより、クラニオの基礎学習の過程で、1次呼吸の多様な表現に慣れ親しんだり、クラニオがワークを発展させていこうとする試行錯誤の道のりを追体験するために(元気な生徒さん同士で)行う「学習用ワーク」の1つといったほうが良いと思います。
[参考文献]クラニオセイクラル・バイオダイナミクス volume1 Franklyn Sills著、高澤昌宏訳、エンタプライズ出版部
※(2014/8)比較的反応が多い記事のようなので、現時点の理解を若干書き足しました。
※(2020/2)習っている教室側の見解もここ数年で大きく変わったため、追記を修正しました。
回想モードに延々と入っているのも何なので、今回はまたCV4、EV4と呼ばれるクラニオ技法…のようなものについてごく簡単に書いてみます。
パソコンの機器名や薬品名のような奇妙な名前の技法ですが、CV4は「Compression of 4th Ventricle」、EV4は「Expansion of 4th Ventricle」の略です。「Ventricle」は「脳室(脳の中央に位置する空間。クラニオも注目する脳脊髄液の産生、循環が行われている。)」です。むりやり直訳すると「CV4=第4脳室圧縮」、「EV4=第4脳室拡張」とでもなるのでしょうか。訳すると人体解剖チックなますます恐ろしげな名前となりました。
しかし、圧縮や開放と言っても、本当に第4脳室をいじりに行くわけではありません。脳に変なショックを与えるだけでもやばそうですが、第4脳室は人体の生命維持機能を司る「脳幹」にも隣接していますから、下手にそんなことをしたら大変なダメージを受けそうです。
もっとも、クラニオ技術の黎明期はどうすればよいのか分からないので、特殊な手の形で頭部を圧縮することで本当に圧をかけていたようです。ただ、時代を経るにつれて、そんなに無理やりな事をしなくても、ごく微量の意図、あるいはそれ以前の刺激と言えないほどのものでも身体は反応しているらしい、ということが分かってきたため、今は「圧を加える」と言っている流儀もごくソフトに行っていると思います。今はただ、黎明期の名前がそのまま残っているというわけです。なお、圧を加えなくても、第4脳室が結果的に自分で広がったり、締まったりするという働き自体は現代verでも多分起きているのでしょう。
◆
で、何をするかですが、CV4,EV4のどちらも、受ける人の身体(主に頭部)に触れ、「1次呼吸」の極で待つということをします。
(これまで書いてきたように)1次呼吸は人体のリズムで、肺呼吸のように閉じる-開く、伸びる-縮むのような(厳密にはちょっと違いますが、とりあえず分かりやすくそう表現します)とてもゆっくりな動きを全身に常時提供しており、そのリズムに乗るようにして、脳脊髄液もまた、代謝的活動をしているようです。
なお、1次呼吸自体は「働き」であって、伸びたり縮んだりしません。伸びたり縮んだりするのは、その働きによって「動かされている」人体のほうです。身体が勝手に伸びたりしているので、その裏に1次呼吸のはたらきがあるんだなと、触れる人は間接的に分かる感じです。
で、その1次呼吸には、「極」があります。大雑把に言うと伸びきった瞬間と縮まりきった瞬間のようなものがあるということです。さらに、その極には「スティル(静けさの意)ポイント」と呼ばれる静止の時間もあります。体感では結構長く止まっています。リズムが「伸びきった」後、若干の静止を経て、「縮まる」リズムにターンする、「縮まりきった」後にも若干の静止を経て、「伸びる」リズムにターン…といったことを繰り返しているとでも想像して頂ければよいです。かっこよく言えば、人体は「陰極まりて陽となる」みたいなことをずっとやってるといえましょうか。
◆
そして、CV4の場合は、「縮まりきった極にある静止」に来たときにその静止をなんとなく意識してみます。逆にEV4の場合は「伸びきった極にある静止」に来たときに、その静止をなんとなく意識してみます。本には「そこから更に静かな状態に入れるか提案する」ような記述があります。細かい1次呼吸の更に細かい部分が分かる必要があるので、実行にはそれなりの知覚が必要となります。
1度のターンで何も起こらなかったら、次のターンでも同じことを繰り返します(見た目上何もしていませんが)。すると、身体は(気分が乗れば)さらに静かな状態に入っていき、そこで休息するように長い時間静まります。何度もターンを待って、何も起きそうもないならば、あきらめます。1次呼吸をただ十分に感じるだけでも、身体にとっては休息になっているので良しとします。無理やり「静まれよ!」みたいなことはしません。
というわけで、名前は違いますが、手順はよく似ています。しいていえば、一般的にはCV4では後頭部、EV4では側頭部に触れる事が多いようです。ただ、どちらも仙骨に触れてでもできるようです。実際、1次呼吸のリズムの狭間にある静止状態が捉えられるかがポイントの技法だとしたら、どこでも良いとは言えないにせよ、触れている部位は頭部にこだわることもないのでしょう。なお、これはあくまで私が習った範囲の内容を私なりの言葉で書いているもので、同名の技法でも別流儀のクラニオでは多分別の方法を使うと思われます。しかるべき手段として体系的に残っているものに関しては、どれかが誤っているわけではなく、方法論や目的が違うだけでしょう。
※(その後の追記)バイオダイナミクス派の場合、技法としては何となく1次呼吸の極がわかることが前提なので、EV4もCV4も、受ける方が落ち着けるポジションならどこでもできます。もっとも、鼻骨や蝶形骨など細かいもしくはデリケートな部分に触れて行うことは難しいと思うので、後頭骨、仙骨、足首辺りで行うのが無難でしょう。
ちなみに、上記で明示していませんが、私が学んだバイオダイナミクス派のCV4、EV4は、1次呼吸の複数あるリズムのうち、一番早いリズムのCRIではなく、ミッドタイド(1分につき1-3サイクル程度)かロングタイド(100秒につき1サイクル程度)のリズムにあわせて行います。
両者の用途、もしくは起こる結果としての違いは、EV4は主に鬱滞しているエネルギーを開放するような働き、CV4は逆に疲れ切った身体にエネルギーをチャージするような働きを起こしやすいと言われています。起こしやすいというだけで、そうなるとも限らないわけですが、まあ、そのような傾向がある気はします。EV4では静まった後に身体からエネルギーがわき上がっていくような感じ、CV4では、静けさの中で身体に滋養が蓄えられて穏やかに目を覚ますという感じでしょうか。臨床の場ではクライアントさんの状態に応じて使い分けられているようです。
※(その後の追記)私が学んだバイオダイナミクス派の場合は、受ける方の身体全体の雰囲気がかなり疲弊している、もしくはかなり活性化していると感じられる場合に主に使用する選択肢となっており、個人的には意外と出番がないスキルです。
◆
まあ、こんな感じです。ただ、よく考えてみれば、これもまた、クラニオ・バイオダイナミクスの最大の特徴が、身体の叡智を信頼して手を加えないことだと主張するのならば、クラニオ・バイオダイナミクス的態度を徹底したときには微妙な立ち位置の技法とも言えるかも知れません。
別に殊更にCV4,EV4どちらかに導こう(導き方が「提案」程度のものだったとしても)としなくても、術者の対応(余計な事しない態度)が適切であるならば、身体は必要に応じてEV4なりCV4なり好きなほうの状態に入るんじゃないだろうか、と思わなくもなかったりします。このあたりは「もう一歩の手助けがあればCV4に入れるとして、その背中を押すべきなのか、信頼して待つべきなのか」といった態度に関わると思われますが、今の私は経験がまだ少ないこともあって、何とも言えません。なんとなく、待ちたいなと思っているというのはあります。
この2つは「クラニオの技法」としては有名ですし、Vスプレッドなどに比べれば、どうしても必要ならば使ってもいいかなとも思いますが、改めて「クラニオ・バイオダイナミクスとは何か?」「私はどんなクラニオ・バイオダイナミクスのセッションを提供したいのか?」を考えるにあたって、いろいろ無視し得ない部分がある立ち位置の技法であることは確かなようです。
■※(その後の追記:2020ver)
最後の部分で過去の私は色々迷っていますが、その後年数が経過し、私の理解の上でも、私が習う講座の内容の上でも、CV4やEV4はセッション中に意識的に行うべきスキルではない、という結論に至っています。
上記の通り、記事を書いた当時の私は、これらのスキルはバイオダイナミクス派が本来目指すはずのスタンスと矛盾するのではという思いを持っており、更なる違和感を覚えていた2014年時点では『バイオダイナミクス派の場合、「CV4はこういう場合使う」等のような、「こういう場合こうする」というハウツー的な選択肢に基本的に頼らず、サザーランド博士が言うところの「静まりて知るべし(Be still and Know)」の方針で万事に対応することが技法的特徴であり、魅力でもあるように感じます。』…というやや控えめなコメントや、『くたびれている・活性化しているように感じられる方の身体システムも、大概は1次呼吸を意識せず、基本的な触れ方をしているだけで、自然とエネルギーを開放したり落ち着いたり、必要なことをしているようだ、と感じることがあり、身体は自然と必要なことを選択していると思うところです』という感想を追記しています。結果的に、当時から感じていた私の違和感は間違っていなかったようです。
セッション中にCV4やEV4の使いどころが事実上ない主な理由としては、どんな形であれ、ある状態にクライアントを意識的に誘導しようとすることで、身体システムの自己調整に用いられるはずのクライアントのエネルギー(ポーテンシー)を消費させてしまい、身体システムが余計疲弊してしまう可能性が高いためです。プラクティショナーの介入の度合いによっては、身体に余計なパターン(不活性ファルクラム)を付与してしまい、調子が悪くなる可能性すらあります。
CV4やEV4は弱っているクライアント向けの方法とありますが、上記の通り、弱っているクライアントに対して多少でも操作や誘導を伴うワークを行うと、余計弱ってしまう可能性が高いので、「そもそも上記のような方法で行うCV4やEV4は、弱っている人に行ってはいけない」といえます。
ちなみに、弱っている方に対するセッション方針としては、極力一次呼吸を探したり意識しようとせず、プラクティショナー自身のスティルネスやプラクティショナーニュートラルに伴う安定感などにつながり、クライアント周辺のフィールド(体の内部の動きではなく)などの存在を軽く意識しつつ、ただ静かに触れているのが良いと思います。劇的な変化が起きなくても、クライアントのポーテンシーの蓄積を結果的に促してくれる可能性が高いと思います。
結論としては、現時点において、CV4、EV4は実際に現場で使うものというより、クラニオの基礎学習の過程で、1次呼吸の多様な表現に慣れ親しんだり、クラニオがワークを発展させていこうとする試行錯誤の道のりを追体験するために(元気な生徒さん同士で)行う「学習用ワーク」の1つといったほうが良いと思います。
[参考文献]クラニオセイクラル・バイオダイナミクス volume1 Franklyn Sills著、高澤昌宏訳、エンタプライズ出版部
※(2014/8)比較的反応が多い記事のようなので、現時点の理解を若干書き足しました。
※(2020/2)習っている教室側の見解もここ数年で大きく変わったため、追記を修正しました。
今回のお題はクラニオ・バイオダイナミクス技法の1つ「Vスプレッド」について。なお、今回の記事は、私が学んだ教程の公式見解ではなく、私個人の見解が特に多く含まれております…。
このVスプレッドという技法ですが、バイオダイナミクス技法体系の中では珍しく、積極的に相手に働きかけるためのものです。名称にVという謎な文字が入っているのは、この技法の使用時に片手の人差し指と中指をVの字にするからです。でも、使用時は両手を使います。片手は普通に掌を広げ、もう片方の手は前述のV字にします。
用途は縫合(骨と骨の間のすきま)が非常にがっちりとかみあわさり、本来動くはずの骨が全く動かないようなときに、そこにスペースを作る手助けをするためです。簡単に言えば、歪んだ骨同士がひっかかって動くに動けなくなっている状態を動かすため、というところでしょうか。
動かすといっても、もちろんVの字の指で縫合をぐりぐりと開いたりするのではなく、V字になっている側の手は「固まっている部位」にごく軽く振れ、もう片方の手を付近に置き、その手からV字になっている方向になんとなく意識を向けます。ビームで貫くような強い意識は向けません。
クラニオでは「ポーテンシー」と呼ばれる「身体内のエネルギー」みたいな概念があるのですが、それを波のようになんとなく送る感じです。Vスプレッドの「スプレッド」は、それを行うとV字になっている指がなんとなく広がる感じがするので、「拡張する」意味の英語のspreadを用いたということらしいです。
エネルギーを注入するのではなくて、身体内に元々あるエネルギーの流れ(1次呼吸とは別)に方向性を与える、という感じですかね。それを行うと、固まっていた縫合になんとなく動きが生じたり、空間が生まれたりするので、それが確認できたら、後は普通のクラニオセッションに移行して変化を見守る、というわけです。
…大雑把な説明ですが、なまじ詳しく語ってもしょうがないので、解説はこのくらいということで。要は「体内のエネルギーっぽいなにかを何となく流すようなことをして、極めてこわばっている部分を最低限動けるようにする」ための技法という所ですね。
◆
このように書いてみれば分かるように、表向きは相手に介入しないと言っているクラニオバイオダイナミクスにも、「どう考えてもこれは介入しているだろう」という技法はいろいろあるのでした。これから書くブログ記事の中にも多分そういう物がいくつか出てくると思います。
そして、クラニオ初心者の分際で非常に僭越ながら、ですが、個人的には、この技法は確かにやり方は簡単で、受け手の方に負担が多いわけでもないし、実施すればすぐに変化するのも分かるけれど、クラニオ・バイオダイナミクスの原理に忠実であることを優先するならば、この技法を殊更にやらなくてはならない場面や理由はあるのかな、という疑問は少なからずあります。
日々の疲労や身体の使い方の癖による歪み程度ならともかく、通常のクラニオセッションで何が何でも動かないようなそこまで強固な停滞感ならば、「よほどの解消したくない理由」が身体にはあり、身体が今はそれを解消すべく自分からどうしても変化したくないのであれば、そこを術者の意図で一時的に解消し、追加で全身のバランスが整うようケアしたとしても、長期的に見ると必ずしもよい面だけではないのではないか、という漠然とした「違和感」を覚えるためです。
クラニオの話ではないですが、本人の中で解消されない問題は時に「出来事(例えば事故など)」として現れることがある、という意見もあるくらいなので、個人的には「効く」ことだけを理由に安易に使うべきではないのでは、という思いもあります。本当にしんどいならば病院にでも行った方がいい場合もあるかも知れません。
◆
思うに、私の学んだ教程は「そういうツールもある」と選択肢として学生にこれを持たせてくれただけで、それを現場で使うか使わないかは個人の裁量に任されているのだろうと思っています。「このようなややバイオメカニクス的な技法も扱う術者」ならば、多くの方に納得感を与えるセッションもできるのでは、とも思いますしね。
ただ、個人的には、これの存在を否定せず、技法として伝えられたことを意識に置きつつも、実際のセッションではこれを用いず、「介入しないこと」を徹底的に行いたい、という思いがあります。
介入型技能の即効性、ピンポイント性にこだわりたいクライアントさんの場合ならば、介入型技法の精度を長年にわたって磨いてきた、優れたワーカーのかたが世の中には沢山おられるわけなので、そういった方々のワークを活用するほうがより期待に添いやすい部分もあるのでは、とも何となく思いますし。
先日の「クラニオ体験会」に参加頂いた方々とお話しさせて頂く中で、(それぞれ実践されているボディワーク分野ではベテランの方々だったこともあり)いろいろと自分の中が整理され、勉強になることがあったのですが、その中でも、「クラニオ・バイオダイナミクスならでは」の価値観をセッションを通じて提供することが、私なりの活動の意義ではないかなという思いを新たにさせられました。
「非介入」を貫くことにより結果的に示される「身体は適切な手助けにより、自ら道を選ぶことができる」という思い、「身体が自ら起こすこと・選んだことを絶対的に信頼する」という世界観は、私が忘れてはならない大切なものを持っている気がするのでした。
このVスプレッドという技法ですが、バイオダイナミクス技法体系の中では珍しく、積極的に相手に働きかけるためのものです。名称にVという謎な文字が入っているのは、この技法の使用時に片手の人差し指と中指をVの字にするからです。でも、使用時は両手を使います。片手は普通に掌を広げ、もう片方の手は前述のV字にします。
用途は縫合(骨と骨の間のすきま)が非常にがっちりとかみあわさり、本来動くはずの骨が全く動かないようなときに、そこにスペースを作る手助けをするためです。簡単に言えば、歪んだ骨同士がひっかかって動くに動けなくなっている状態を動かすため、というところでしょうか。
動かすといっても、もちろんVの字の指で縫合をぐりぐりと開いたりするのではなく、V字になっている側の手は「固まっている部位」にごく軽く振れ、もう片方の手を付近に置き、その手からV字になっている方向になんとなく意識を向けます。ビームで貫くような強い意識は向けません。
クラニオでは「ポーテンシー」と呼ばれる「身体内のエネルギー」みたいな概念があるのですが、それを波のようになんとなく送る感じです。Vスプレッドの「スプレッド」は、それを行うとV字になっている指がなんとなく広がる感じがするので、「拡張する」意味の英語のspreadを用いたということらしいです。
エネルギーを注入するのではなくて、身体内に元々あるエネルギーの流れ(1次呼吸とは別)に方向性を与える、という感じですかね。それを行うと、固まっていた縫合になんとなく動きが生じたり、空間が生まれたりするので、それが確認できたら、後は普通のクラニオセッションに移行して変化を見守る、というわけです。
…大雑把な説明ですが、なまじ詳しく語ってもしょうがないので、解説はこのくらいということで。要は「体内のエネルギーっぽいなにかを何となく流すようなことをして、極めてこわばっている部分を最低限動けるようにする」ための技法という所ですね。
◆
このように書いてみれば分かるように、表向きは相手に介入しないと言っているクラニオバイオダイナミクスにも、「どう考えてもこれは介入しているだろう」という技法はいろいろあるのでした。これから書くブログ記事の中にも多分そういう物がいくつか出てくると思います。
そして、クラニオ初心者の分際で非常に僭越ながら、ですが、個人的には、この技法は確かにやり方は簡単で、受け手の方に負担が多いわけでもないし、実施すればすぐに変化するのも分かるけれど、クラニオ・バイオダイナミクスの原理に忠実であることを優先するならば、この技法を殊更にやらなくてはならない場面や理由はあるのかな、という疑問は少なからずあります。
日々の疲労や身体の使い方の癖による歪み程度ならともかく、通常のクラニオセッションで何が何でも動かないようなそこまで強固な停滞感ならば、「よほどの解消したくない理由」が身体にはあり、身体が今はそれを解消すべく自分からどうしても変化したくないのであれば、そこを術者の意図で一時的に解消し、追加で全身のバランスが整うようケアしたとしても、長期的に見ると必ずしもよい面だけではないのではないか、という漠然とした「違和感」を覚えるためです。
クラニオの話ではないですが、本人の中で解消されない問題は時に「出来事(例えば事故など)」として現れることがある、という意見もあるくらいなので、個人的には「効く」ことだけを理由に安易に使うべきではないのでは、という思いもあります。本当にしんどいならば病院にでも行った方がいい場合もあるかも知れません。
◆
思うに、私の学んだ教程は「そういうツールもある」と選択肢として学生にこれを持たせてくれただけで、それを現場で使うか使わないかは個人の裁量に任されているのだろうと思っています。「このようなややバイオメカニクス的な技法も扱う術者」ならば、多くの方に納得感を与えるセッションもできるのでは、とも思いますしね。
ただ、個人的には、これの存在を否定せず、技法として伝えられたことを意識に置きつつも、実際のセッションではこれを用いず、「介入しないこと」を徹底的に行いたい、という思いがあります。
介入型技能の即効性、ピンポイント性にこだわりたいクライアントさんの場合ならば、介入型技法の精度を長年にわたって磨いてきた、優れたワーカーのかたが世の中には沢山おられるわけなので、そういった方々のワークを活用するほうがより期待に添いやすい部分もあるのでは、とも何となく思いますし。
先日の「クラニオ体験会」に参加頂いた方々とお話しさせて頂く中で、(それぞれ実践されているボディワーク分野ではベテランの方々だったこともあり)いろいろと自分の中が整理され、勉強になることがあったのですが、その中でも、「クラニオ・バイオダイナミクスならでは」の価値観をセッションを通じて提供することが、私なりの活動の意義ではないかなという思いを新たにさせられました。
「非介入」を貫くことにより結果的に示される「身体は適切な手助けにより、自ら道を選ぶことができる」という思い、「身体が自ら起こすこと・選んだことを絶対的に信頼する」という世界観は、私が忘れてはならない大切なものを持っている気がするのでした。
プロフィール
|
HN:
朧 こと 今野
性別:
男性
自己紹介:
会社員生活の傍ら、手技セラピー「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」を学んでいます。
「★クラニオバイオリンク集」ではここ以外のクラニオバイオ関連サイトを紹介しています。
私自身のクラニオセッション等の活動は現在休止中です。
私のプロフィール的なものはこちら
「★クラニオバイオリンク集」ではここ以外のクラニオバイオ関連サイトを紹介しています。
私自身のクラニオセッション等の活動は現在休止中です。
私のプロフィール的なものはこちら
最新記事
|
(07/01)
(12/27)
(02/16)
(10/26)
(06/29)
最新コメント
|
日記カテゴリ
|
ブログ内検索
|