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クラニオセイクラル・バイオダイナミクスや身体に関する色々を気まぐれにつづります。
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「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」そのものの発展の歴史について前から気になっていたのですが、それに関して参考になりそうなページを見つけたのでまとめてみます。


これまで何度も書いてきたように、「クラニオセイクラルワーク(クラニオ)」は20世紀初頭~半ばごろに米国のオステオパス・サザーランド博士によってまとめあげられたボディワークです。
これまで日本語訳されているクラニオ本や先生から聞いた情報から分かるのは、クラニオのうち、私が学ぶ「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」はサザーランド博士が晩年に語ったという「ブレスオブライフ」の概念や人体の液のシステムに働きかける原理をもとに発展してきたワークという点のみで、それがどのように広まったのかについては個人的にはかなり曖昧でした。
サザーランド博士の没後、訓練を積んだオステオパスにのみ伝えられてきたクラニオを一般に広めたのは、オステオパスのアプレジャー氏とされていますが、アプレジャー氏が広めたのはバイオダイナミクスとセッション方針が異なる「メカニカルなクラニオ」で、一方の「バイオダイナミックなクラニオ」がどのように広まったのかの情報はどう探してよいのか、今一つ分からなかったので、この件は、気にはなっていたもののずっと放置していました。


今回、先の記事でフランクリン・シルズ氏が「ミッドタイド」の命名者と知ったことを機に、同氏がクラニオ・バイオダイナミクスを巡るキーパーソンであることが理解できてきたので、氏のプロフィールについて書いてあるページを探していたら、以下のページを発見し、クラニオ・バイオダイナミクスの発展についてもある程度の情報が手に入りました。

○シルズ氏の略歴(とクラニオ・バイオダイナミクスの発展 英語です)
http://www.craniosacral-biodynamics.org/history2.html

大雑把にまとめると、イギリス在住のシルズ氏はもともとポラリティセラピーというワークを1970年代に学んでいたが、ポラリティセラピーがサザーランド博士の思想に影響を受けているワークと知ってクラニオに興味を持ち、イギリスでオステオパスとしてのトレーニングを受け、「クラニアルワークを行っていたあるオステオパス(サザーランド博士ゆかりの方なのだろうと想像していますが、不明です)」に出会って影響を受けつつ研究を深める中で、サザーランド博士が提唱する原理との共通点を見出してまとめたものが、氏が提唱する「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」の原型にあたるようです。

その後、シルズ氏は1980年代半ばに他のオステオパスの勧めを受けてクラニオの教授を開始。当初はメカニカルなクラニオとバイオダイナミックなクラニオの両方を教えていたが、やがてバイオダイナミックなクラニオの教授のみに注力し、長年の試行錯誤を経ながらワークを発展させ、世界中の多くの人にバイオダイナミックなクラニオを教えたり影響を与えるに至る、というのがだいたいのあらましのようです。先のページの4ページ目には関係者(活躍している生徒?)として私の先生の名前も出ています。また、日本語訳されているクラニオ本「ウィズダム イン ザ ボディ」の著者Kern氏や、先日紹介したクラニオ本の著者Shea氏の名前も3ページ目に見られます。


上記から推測すると、オステオパシーを体系的に学んだ経験や「クラニアルワークを行うあるオステオパス」の出会いはあるにせよ、シルズ氏が誰かにまとまった体系としての「バイオダイナミクス」を習って、それをそのまま伝えてきた、というわけでもなさそうです。自らがオステオパシーで学んだ内容や臨床経験をもとにしつつ、自らが率いる団体「カルナ・インスティテュート」のスタッフなど多くの協力者とともに、サザーランド博士やベッカー博士の言葉などと照らし合わせながら、少しずつ発展させてきた流れが「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」なのかもしれません。

これまで、個人的にシルズ氏は有名なクラニオ・バイオダイナミクスのプラクティショナーだとしか思っていませんでしたが、この記述から判断するに、あまり知られていなかったバイオダイナミックなクラニオを研究・再構成し、世界に広めた功労者といえそうです。
そもそも、私が持っている民間資格(というか称号的なもの)「BCST」も、シルズ氏が中心になって編成した「IABT(The International Affiliation of Biodynamic Trainings)」という連盟に加盟しているクラニオトレーニング団体の教程卒業生に対して発行されるものなので、私自身もシルズ氏の活動の恩恵にあずかっている立場といえますね。

○IABT(とBCSTの説明)
http://biodynamic-craniosacral.org/bcst/


ここまでの情報で流れが説明できるならば、クラニオ・バイオダイナミクスのルーツについて探し回ったり考え込むこともないのですが、状況はそう単純ではなく、クラニオ・バイオダイナミクス発展の功労者としてよく名前が出てくる「ジム・ジェラス氏」の名前がシルズ氏のサイトにはありません。そこで、ジェラス氏の略歴も調べてみると、以下のサイトが見つかりました。

○ジェラス氏の略歴(英語)
http://www.biodynamische-osteopathie.com/English-Version/teacher.html

こちらは、まさにクラニオ創始者の伝統を受け継ぐ重厚な経歴という印象です。サザーランド博士の直弟子で、バイオダイナミクスに通じた術者として有名なベッカー博士から直接学んだほか、ジェラス氏の兄弟がサザーランド博士が晩年に暮らした場所の近所に住んでいたことから、サザーランド博士の晩年を共に過ごしたお弟子さんと縁ができたり、長年サザーランド博士と研究を続けてきた先生など、サザーランド博士と縁のあった多くの先生から直接学び、ご本人もオステオパシー大学の指導者として高い評価を受けている、という、まさに正統派です。おそらく非常にいろいろな試行錯誤をされたであろうシルズ氏と比べると非常に安定感のある経歴と言えます。

ジェラス氏が多くの先生から受け継いだものをアメリカのご自身の学校等で伝えている内容が、世界的に有名なもうひとつの「バイオダイナミクス」の流れといえそうです。もっともこちらはサイトの題名からして「バイオダイナミック・オステオパシー」というのが正式名称のようで、「クラニオ」という名のワークというより、オステオパシーとしての側面もかなり強そうなので、関係者の方が「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」と一緒にされることを歓迎するかはわかりませんが。


このほかにも、サザーランド博士の直弟子の方から直接バイオダイナミックなクラニオワークを学んだ方や、誰かに体系的にメカニカルなクラニオやオステオパシーを学んだのち、独自に研究してきた方がいると思うので、当然ながら「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」を学んだ方は、シルズ氏とジェラス氏に直接つらなる人のみではないと思います。たとえば、日本語訳されているクラニオ本「スティルネス」の著者のRidley氏は同書のプロフィールを見る限りは、どちらかのルートからも学んでいないようにも見えます(サザーランド博士の直弟子の一人をはじめとする多くの方に学んだようです)。

このように、クラニオバイオダイナミクスにも実際は色々な団体があり、「バイオダイナミック・クラニオセイクラル・セラピー」など、団体によってワーク名が微妙に違うこともありますが、基本的に「バイオダイナミックアプローチを行うクラニオ」の有名な勢力で、同アプローチの発展に特に大きな影響を与えたのは、シルズ氏とジェラス氏の2つの勢力のようだ、と今回の調査で概ね理解できた気がします。(ただし、あくまで先に紹介したサイトの情報からの判断なので、確信があるわけではありません。私が勘違いしている点が多々ある可能性がある点はご了承ください。)
これまで「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」はなんとなくサザーランド博士から1つのルートで直線的に伝わってきたような曖昧な印象を持っていましたが、少なくとも、発展と普及にあたってはこの2つかそれ以上の流れがあった、と考えると多少わかりやすい気はしてきました。


さて、大雑把に2大勢力があると仮定した場合、単純な好奇心として、そのワークの共通点と違いには純粋に興味が涌きます。シルズ氏も探求の過程においてジェラス氏と接触したことがあるのかもしれないので、両者の関係やワークとしての違いは現時点では私にはわかりませんが、ワークの基本原理そのものは同じであるにせよ、解釈の仕方やセッションのコンセプトなどの違いはあるのでは、と想像しています。
個人的には、プロのオステオパス仕様、解剖学ベース・治療寄りなのがジェラス氏の系統で、専門職でなくても学びやすく、西洋神秘学等の思想も含んでいるのがシルズ氏の系統なのでは、と想像しているのですが、単純にこの2派にわけて良いものなのかもよく判らず、仮にこの2派に分けられるとしても、両派のワークの実物を比較する機会がないので何とも言えません。なお、上記の違い(想像)はあくまでわかりやすくやや極端に書いたもので、「どちらかというと」という程度の違いと想像しています。

ジェラス氏に学び、同氏に信頼を寄せられているというトム・シェイバー氏の講座は日本でもしばしば開催されていると聞くので、その講座に出る機会があれば、ジェラス氏のコンセプトが若干見えてくるのかもしれないな、とも思います。私の先生の旦那さんも現在オステオパスとしてジェラス氏に学んでいるとのことなので、そちらのルートから何か伝わってくる可能性にも期待したいところです。ほぼすべて同じという可能性もありますが。

私がジェラス氏の講演を7,8年前くらいに聞いた時にこの辺りの事情が良く理解できていればシルズ氏の流れとのちょっとしたコンセプトの違いなどが肌でわかったかもしれませんが、当時の私はクラニオってなんだというレベルだったので仕方ないところです。(現在、記憶と照らし合わせる限りは、テクニックレベルはともかく、少なくとも話された内容に関してはほとんど私が学んだ内容と同じという印象ではあります。)クラニオバイオダイナミクスの発展ルートやバイオダイナミックなクラニオ各派の違い等について更なる情報が見つかるかは不明ですが、個人的にまだいまひとつ納得しきれていない部分もあるので、今後もテーマにしていこうと思います。


◆<後日追記>
色々考える所はありますが、上記のリンク先の文などを見る限り、方針や伝わっている技術の差はあるかもしれないにせよ、両派いずれも根本に据えている原理はサザーランド博士やベッカー博士のものである以上、ベースはほとんど同じなのではないか、となんとなく思っています。サザーランド博士の晩年の教えにどのように向き合うかの違いなのかもしれません。
サザーランド博士も晩年にバイオダイナミックなクラニオという選択肢は見出したものの、後進にいくつかの言葉や原理を残したのみで、メカニカルなクラニオに比べると、生前には十分に体系化できなかったのではないか、とも何となく思います。なので、上ではジェラス氏がそのまま教えを伝えているような書き方をしてしまいましたが、シルズ氏にしろジェラス氏にしろ、時間をかけて、それぞれのバイオダイナミックアプローチを体系化してきたという点は共通なのかもしれません。

また、上ではジェラス氏とシルズ氏の2つの流れをやや大雑把に対比させてしまいましたが、上記はあくまでWEBから拾ってきた情報から私が推測したもので、事実とは異なる可能性があります。実際に両方の系統を学んだわけでもなく、憶測の域を出ない以上、興味関心以上の目的で両者の違いをあら探ししたり、ましてや両者の優劣を論じることにあまり意味はなく、どちらの流れにもそれぞれ良い点があるのだろうと思います。
そもそも、両者とも十分な経験を積み、実力もあるからこそ世界で認められてきた、という前提は当然ながらあると思います。どんな技術でもそうですが、結局はだれに習って、どこに所属しているか、ではなくて(色々な方にセッションを行うことを想定しているならば、前提としてある程度しっかりしたトレーニングを受けることはほぼ必須だとは思いますが)、最終的には「その人自身」ということになるのでしょう。


そんなこんなで、少々怠けがちなこのブログではありますが、これが今年最後の記事となりそうです。
私自身に関しては、今年は伊豆のクラニオイベントも無事完遂でき、アドバンスコースに出てセッション展開について納得感が深まったり、この記事のように、クラニオ・バイオダイナミクス絡みの英語情報も少しは調べてみようという気も出てきたりしたので、会社員兼の活動としてはまあまあ頑張ったかなというところです。ちなみに、来年もどうも伊豆イベントはあるようなので、クラニオの出番があるかは不明ですが、もし出番があるならまた協力していきたいところです。
それでは皆様良いお年を。

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個人的に色々イベント続きで忙しかった1か月でしたが、それとは何ら関係なく、なんとなく学習をネタに書いてみます…。

<法則の再発見>

先月のクラニオアドバンス講座の途中、「フルイドフィールド」という液感のあるフィールドについての内容があったのですが、その時、同期の一人が、それについて聞いてから何年か経つが、実感がなく今一つ理解できない、と言われ、先生が他にも同じように思っている人はいるか、といわれたので、実はいまいち納得できていなかった私も手をあげました。
すると先生は、これに限らず、自分で体感して納得できるまでは疑っていてよいのですよ、先生が言うことだからといって、鵜呑みにする必要はない、という意味のことをいわれました。このことは、私としては学習を行うにあたって自然な態度と思いますが、先生にそう言ってもらえるととても心強く感じました。

これは、すでに先人によって法則がほぼ明らかになっている内容を教わった場合でも、その内容の理解には「自分自身による、既存の法則の再発見」「体感による理解」が必要ということですね。何かを学ぶとき、もちろん先生の言う通りにやってみるのですが、最初から答えが法則として先人に明かされている事柄も、学ぶ側にとっては大概は未知の世界であり、また、ある程度自分の技量や感覚が育たないと理解できない場合もあるため、自分で様々な試行錯誤を経て体感として理解を深め、その事柄の法則を「再発見」することで、初めて生きた智慧としてある程度使いこなせるようになるものだと思います。


この例だと、「フルイドフィールド」という概念を知識として知っているだけの状態を脱し、先生が言っているからにはそういう層が存在するのだろうが、本当にあるのだろうか?等と少し疑いつつも試行錯誤を繰り返し、それを自分の体感として把握して、セッションに活かせる状態にすることで、ようやく「フルイドフィールド」を(一応は)理解した、といえるでしょう。
ちなみに、私とその同期の方は、質問をした当日セッションで一緒に組んでみた結果、お互いの意識の使い方の共通点から、「フルイドフィールド」がいまいち分からないのは意識の使い方の問題だったらしい、という結論に達し、この経験から、お互いこのフィールドを意識する手がかりを得ることができました(試行錯誤と再発見ですね)。個人的には十分な理解とはまだ言えませんが、今回きっかけをつかんだので、今後の経験で理解が深まっていくだろうと思っています…。

少々極端な言い方ですが、「人から既存の体系を学ぶことは、何もかもお膳立てされたものを思考停止状態で丸暗記するようなもので、自由度や試行錯誤の余地はない」という前提の意見をごくまれに見かける気がしますが、実際は前述のようにクリエイティブな営みであると思います。まあ、文字や数字など、丸暗記が必要、もしくは方法論として効率的な事柄もあるとは思いますが、それはここでは置いておくとして。
先生はあくまでガイドであり、「これまでに発見された答え」や「応用例」を教えてくれますが、その「答え合わせ」や「更なる応用展開」は学習者自身で行う必要がある、とも言えると思います。本当に当たり前のことなので、書くまでもない気がしてきましたが、クラニオだけでなく、身体を使う学習の多くで言えそうな気もします。


<学習とまね>

私は先生の紹介するハンドポジションやクラニオの原理に概ね忠実なつもりでセッションを実施していますが、必ずしもその表現が先生と同じというわけでもなく、考えてみれば、別に先生の真似をしているつもりはないし、先生のことはもちろん尊敬していますが、先生と同じようになりたいとか、同じ技を使うことを目標に掲げているわけではないな、と最近ふと思いました。(もちろん、先生と同レベルの技能が使えたら素晴らしいと思いますが、直接的な「目標」として意識していないということです。)。例えば職人さんの技であるとかも含め、身体を使う学習は「先生の所作をまねて上達」と説明されることもある気がしますが、真似といっても単なる猿真似とは違うのではないか、と何となく思っています。

身体を使う学習では、しばしば先生のお手本を見て同じ格好や動作をしたりするので、形式としては「真似」なのかもしれませんが、実際は先生の真似をしようとしているというより、先に書いたように、先人から伝わってきた学習方法・学習素材(型とか、原理とか)に取り組み、試行錯誤しながら先人の発見を自らの身体で再発見・再構成することが主な学習内容であって、先生から無意識に影響を受ける部分は多々あると思いますが、先生と自らを「意図的に同一化」することはあまりない気もします。ある学習体系を学んでいると、学習体系の奥に潜むその流儀のエッセンス的なものが身についてきて、本人にそのつもりはないが、結果的に先生や先人と似てくる部分がある…というようなものだと思います。


これは私が習っている中国武術でも最近思うところで、たとえば、私は急ぐときなど、道で独特のちょこちょこした歩き方(早歩き?)を無意識にしていることがあるのですが、この歩き方は教室で見かける先生や先輩方の動きの一部と雰囲気がどことなく似ている気がします(もちろん動きの質には差がありますが)。これに関しては、いつの間にどうやって自分が身に着けたのかあまり記憶になく、単に普通に稽古していただけで、先生と同じような動きをしようと意図的に真似したり、「そのように歩くための稽古」を特にした覚えもないのですが、いつの間にかそうなっていたようです。

人はそれぞれ体型や身体の癖、価値観などが違うのだから、同じものを学んでも学習者ごとに動きの表現が微妙に違ってくるのは自然と思います。それと同時に、先人から伝わってきたものか、それと同じ方針の稽古方法を練習していれば、技量の巧みさなどの差はあるにせよ、師匠にほどほどに似て、それでいて自分にとっても無理のない技能や動作の運用法が自然と身に付いてくるのでは、と思います。

学んだ流儀に何か問題を感じ、別の流派を立ち上げる場合ですら、身に着いたもの(身に着いたものに対する批判的意識や問題意識も含め)をベースに行う限りにおいては、表現にその人独特の部分が多くなっただけで、魂・エッセンス的な部分ではもともと学んだものと実はあまり変わらないのかもしれない、とも思います。何も習っていない人が自由に動けと言われて動いた場合ですら、実は過去の経験をもとに動いている部分が多くのかもしれません。


そんなわけで、先生に似せようとしなくても、しかるべき稽古方法をしていれば何となく先生や創始者に無理なく似てきて、得るところもあると思うのですが、逆に誰かの見た目や言動のくせ、手順としての動きなどの表面的な部分だけ意図的に真似すると、その人が用いる体系のエッセンス的な部分はあまり身につかず、その人固有の駄目な癖とか文体とか妙な所を中心に似るような気もします。その人の「行動パターン」も技能を構成する一部ではあるでしょうが、技能そのものではないわけで。
例えば、独特の言動やファッションでテレビに出たりする、カリスマ性のある武術師範がいたとして、その言動を真似しても、技そのものが上手になる事はないと思います(当たり前のことですが…)。もしその師範のような動きを身に付けたくて何かを「真似」するならば、その方の個性的な言動や格好ではなく、「有名になっても失敗を恐れない姿勢」とか、「稽古内容」を真似するべき、というところでしょう。

まあ、人は自分以外の何物にもなれないですし、無意識に親や先生の影響も受けていると思うので、学習にあたっては、先生や目標とする対象に意図的に似ようとするのではなくて、その人々が使うのと同じ、もしくは類似の体系を無理なく学んでいたら自然と似ていた、という程度で十分なのではないかと思います。

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前回の記事で書いた、個人的に今年のアドバンス講座でびっくりした内容についてです。
それは、幾つかの種類がある「1次呼吸」の1つ「ミッドタイド」は現在も活躍中の有名なクラニオセラピスト、フランクリン・シルズ氏によって命名された(らしい)という事です。


講座の中で、我々の先生はこの内容をさらりと言われていましたが、私は「ミッドタイド」という名前をクラニオ・バイオダイナミクスを学び始めてからずっと聞いてきた割に、誰が名づけ、いつから使われているのかなど考えてもみなかったので、このことに、今回の学習内容のどれよりも物凄く驚いてしまいました。
ミッドタイドの命名者に関しては、先生がコメントしたほかにも、講座中、参考書として置いてあった「Biodynamic cranio sacral therapy volume 1」(Michael J.Shea著,North Atlantic Books)という英語の本をよくよく見たら、そのように書いてあったので、ほぼ間違いない話だと思います。

ちなみにこの本は何年か前からICSB講座のたびに置いてあったのですが、英語の本である上に非常に分厚いので敬遠していました。しかし今回英語があまり分からないなりに読んでみると、内容は割と専門的だが、かなり筋道だった書き方がされているようだし、著者とロルファーとの方との対談なども収録されていて、英語本であっても購入しても良いかなとも感じました。これも日本語訳されたら素晴らしいと思いますが、1冊が相当分厚く、現在6冊もシリーズが出ているようなので、翻訳は過酷を極めそうです。

本の紹介サイトは以下です。
http://www.michaelsheateaching.com/
著者のShea博士は長年クラニオを教えておられる他、ロルファー資格なども持っており、幅広い活動をされているようですね。


ミッドタイドに話を戻しますが、以前記事にも書いたように、「ミッドタイド」は人の胎児期から存在し、身体を深いレベルで形成・編成する働きを持つとされる身体のリズム「1次呼吸」のうち、特に「1分に1-3サイクル程度のリズム(組織や本によっては2-3サイクルとされている場合もあるようです)」を指す概念とされています。
ちなみに1次呼吸は英語ではprimary respirationといいますが、潮流のような体感のリズムのため、英語で潮流を表すタイド(Tide)と呼ばれることもあります。1次呼吸には、ミッドタイドよりもっとゆっくりしたサイクルの「ロングタイド」、もっと早いサイクルの「CRI」という区分があるため、その中くらいのサイクルの1次呼吸という意味で、ミッドタイドという名前になったものと思います(そのまんまの名前ですが)。

先生はミッドタイドを「フランクリン・シルズ氏が、自分で教えやすいように作った概念」と言われていましたが、学習の一環としてならともかく、セッション中に1次呼吸の具体的なサイクルをカウントする必要はないので、教えやすいように作られたという説明は納得がいきます。
シルズ氏が命名したということは、それほど昔にできた言葉ではない(といっても、できたのは1980-90年代くらいと思うので、最近という程でもなさそうですが)ということで、サザーランド博士やベッカー博士が活躍した時代には「ミッドタイド」の語はなかったということになります。それ以前は何と呼ばれていたのか気になりますが、これまでの情報では不明です。先に述べたように、細かくサイクルをカウントしなくても困らないので、皆サイクルの違いは暗黙的に分かっていたが、殊更に用語として区別はしなかったのかもしれません。


なお、今回先生が講座中にミッドタイドとシルズ氏の話題を出したのは、我々が学ぶICSBの教程では、最近いくつか用語を整理し、その整理の中で「ミッドタイド」は今後の講座の中で「フルイドタイド(Fluid Tide 流体・液のタイド)」と呼ぶことにした、と言われたことがきっかけです。こちらは1次呼吸の長さというより性質に基準を置いた名前といえます。

ただ、「フルイドタイド」も全くのオリジナル語なわけではなく、日本語訳もされているシルズ氏の著書「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス vol.1」の中ではミッドタイドの説明の中に「フルイドタイドと呼ばれる潮流運動が感じられる」といった表現があるので、シルズ氏は使い分けているようです。
また、先の「Biodynamic cranio sacral therapy vol.1」の、ミッドタイドの説明の中にも「ジェラス氏はフルイドタイドとしての質に言及している(フルイドボディだったかもしれません)」のような内容を見たので、ミッドタイドよりもフルイドタイドという語の方が先にできたのかもしれません。もっとも、これまで私が読んだクラニオバイオダイナミクスの本のすべてで「ミッドタイド」という語が使われていたので、後でできたか否かにかかわらずこれが便利な区分であることは間違いなく、それで色々な指導者の方々も使われているのでしょう。

ミッドタイドがわりと最近命名されたとなると、「ロングタイド」の命名についても気になるところですが、こちらは不明です。「Biodynamic cranio sacral therapy vol.1」によると、ロングタイドは「ザ・タイド」という語の別名と解説されているので、何となくロングタイドよりも「ザ・タイド」という語の方が古そうなイメージはありますが、これまた不明です。


このミッドタイド命名者の件は、まあどうでもよいといえばよい話で、私が個人的に盛り上がっていただけなのですが、こうやって、「ミッドタイド」の命名者について知ったり、我々の先生が言葉の使い方を再度見直そうとしている姿などを目の当たりにして、クラニオ・バイオダイナミクスもサザーランド博士や先達が見出してきた原理を尊重しつつも、用語や先生ごとの方針など、細部は少しずつ変わりながら発展してきたのだなと、何か歴史を感じさせられました。
古いものでも最初は新興勢力だったわけで、それが体系化されていくには時間がかかるとも考えられるし、伝統武術や演劇系の伝統芸能ならともかく、ボディワークに関しては、100年も経てば最初のころと全てにおいて同じという事はまずないのだろうなあ、とも思いました。

なお、ICSBで今後ミッドタイドをフルイドタイドと呼ぶ事に関しては個人的には、1次呼吸のサイクルより性質の方が重要とも思うので、むしろ納得感がありますが、何だかんだでこれまでミッドタイドとずっと呼んできたので、今後何と呼べばよいものか少々迷いますね。

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昨日までICSBのクラニオアドバンス講座に参加してきました。会場は例によって大阪です。朝から晩まで講義があるので、行く前は面倒だなあという気持ちも若干ありましたが、いざ参加してみると、やはり受講してよかった、と思います。


今回のテーマはバイオダイナミックなセッション展開(トリートメントプラン)をより深めるというもので、クラニオ・バイオダイナミクスならではのセッションが一通りできる人が聞いて役に立つ、文字通りアドバンスな内容でした。
説明が難しい内容が多いので詳細は省きますが、セッションの基本的な展開や原理そのものはこれまで学んできた内容を踏襲しつつも、クラニオセッションを進める中で出会う色々な場面をより丁寧に見るのに役立つポイントや、今回新しくまとめられたセッション展開モデルについて教わることができました。

私自身としては、やや知覚が苦手だった、液の流れとして表現される1次呼吸をより感じやすくなったり、なんとなく勘でやっていた部分があるセッションを、ポーテンシー(クラニオ・バイオダイナミクスで及われる、身体内の調整力・形成力のあらわれのようなもの)のガイドを根拠として、これまでより自信を持って展開していけそうに思いました。先生はセッションに限らず、「(YouとIではなく)We」「共同作業」という表現を各所でされていましたが、その言葉の通り、より丁寧に身体の声に耳を傾けるセッションへのヒントがいろいろな形で得られた感じです。

今回からは、私の次の期にあたる、先日新たにBSCT資格を取られた方々も参加されていましたが、問題なく対応されている印象でした。基礎教程の開始そのものは私より遅くても、クラニオと出会ってからの年月や、ボディワーク経験が長い方など、クラニオプラクティショナーとしては私以上に頼もしいバックグラウンドをお持ちの方も多いようです。私の同期の方も、セッションをがんばっている話を聞いたり、講座の中でセッションを受けたりするにつけ、皆本当に上手になったなあ(私もほぼ同程度ですが)と何か感慨深いものがありました。

※今回BCSTを取得し、アドバンスコースにも参加された土屋さんの感想ブログ
http://blog.livedoor.jp/salon_sophia/archives/51807057.html


上記の講座のメインテーマとは別に今回印象的だったこととしては、参加者から持ち寄られたケーススタディをシェアする体験です。いずれも、西洋医学的に見ても難しい状態にあるクライアントさんに対するセッションの方向性を先生からアドバイスしてもらう、という本格的なものでしたが、聴いているだけでも、クラニオ・バイオダイナミクスの立ち位置や可能性について、学ぶところが多くありました。
クラニオ・バイオダイナミクスは西洋医療ではないので、「病気や症状を治す」ことはできませんが、決して何もできないわけではなくて、例えば難しい症状の方に対しても、眠りが浅い場合の休息機会となったり、病気はあっても痛みや身体の負荷が軽減されたり、体液のシステムなどに主に働きかけるため、肉体にほとんど負荷をかけない働きかけができるなど、医療とは異なる形(文字通り役割や方針が異なるというだけで、医療の代わりができるという意図ではありません)でサポートができる可能性について、先生からアドバイスが与えられていました。

ケースを出した先輩方や同期の方は、クライアントさんとしっかりと向き合い、信頼関係を築いているほか、クライアントさんの難しい症状についてもしっかりと勉強した上でクラニオが扱える領域や原理からは逸脱しないセッションを行っており、その取り組みには尊敬の念を覚えました。
一方、会社員生活の片手間にクラニオを何となくやっている私にとって、こういった難しい状況のクライアントさんに継続的にセッションを行うことは、ほぼ未知の領域です。クライアントさんの大きな問題に一緒に向き合うにあたり、半端な立ち位置では私の方が潰れてしまいかねないので、これまで意図的に避けてきた部分があり、私が現在の環境でこういった問題を扱うのは実際、難しいとも思います。
ただ、クラニオ・バイオダイナミクスの可能性から目をそらし続けるのも、仮にも資格を持っている人間としてどうなのか、という気もしているので、今すぐどうにかできるわけではないにせよ、自分もクラニオ・バイオダイナミクスならではのサポートができうる技術を手にしているということは忘れずにいようと思いました。


今回、先生から動画の紹介があったので、最後にそれを乗せてみます。

1つめは最近話題のロルファー・藤本靖氏の書籍「1日1分であらゆる疲れがとれる耳ひっぱり」
のプロモ動画です。

http://www.youtube.com/watch?v=nf6q8F72oTA
先生は日本語が読めませんが、この動画の雰囲気やノリがお気に召したようです。
冗談めかして「クラニオももっと宣伝を工夫しなければなりませんね(笑)」などと言われていました。
だれでも気軽にできて心地よさを感じられる方法にはクラニオのように、
長期の訓練が必要なスキルとはまた別の大きな価値がありますね。

2つ目はクラニオ創始者のサザーランド博士から直接指導を受け、いくつかの書籍にも
活動が取り上げられたフルフォード博士の1980年代のインタビュー動画(英語)です。

https://www.youtube.com/watch?v=6cSSVI1zf18
サザーランド博士から学んだクラニオの基本原理などについて語られています。
英語があまり分からないなりに、ためになりました。

概要としてはこんな感じで、色々と面白かったり考えさせられたりする5日間でした。
他にも講座内で個人的に大変驚いたことがあるのですが、ちょっと長くなってきたので次回に譲ります。

拍手[1回]

相変わらずネタが尽きているので、今回は旅行体験と合体させて書く方向で…。
先日、京都に旅行に行きました。京都に行ったのはかなり久しぶりです。京都には何度も行きましたが、数年前、クラニオ合宿のセミナー1を修学院付近(といっても駅からはとても遠い)の関西セミナーハウスで受けて以来かもしれません。以降はクラニオセミナー会場は大阪の街中になってしまったので、京都は会場に行く途中に通過するだけという状態でした。


そんなわけで、今回久々に詩仙堂や相国寺の枯山水の庭を眺めたのですが、これまでより堪能できたように思いました。前に見た時ももちろん感動はありましたが、「庭を観察して意味を求めようとする」あるいは「五感を積極的に駆使して何かを見つけようとする」ような「能動的な」楽しみ方をしていた気がします。
今回は、見方については特に意識しなかったのですが、庭を前に何とはなしに正座をしたらクラニオセッションをやっている時のように自分自身が自然と静まった状態になり、風やししおどしの音、周囲の植物の色やざわめく様子、庭の砂の文様などが生き生きと目に入ってくるように感じられました。いうなれば、「自分自身が静まることで、周囲から情報を受け取る」ような「受動的な」楽しみ方というところです。しばらくこうしていると、静けさもさらに深まっていくようで、自分も庭や周囲の風景の一部と感じられるような独特の静かな充足感もあり、充実のひと時を過ごすことができました。

私の場合、庭園の環境と、正座という身構えによって我知らずスイッチが入り、クラニオを行う時のような上記の身体感覚のモードに入ってしまったようですが、そのことで思わぬ恩恵を得た気分です。自分の中が静まった状態になると、結果的に(受動的に)情報を受け取りやすくなったり、周囲が良く見えることは分かっているつもりでしたが、クラニオセッション以外の場面での、目に見えない大切さが理解できた気がしました。また、日本庭園という空間は自分が静まることによって、より深く味わえるものなのかもしれないな、とも思いました。


もちろん、私は日本庭園鑑賞コーディネーターのような人ではなく、これこれこういった鑑賞方法が正しいなどとも思っていないので、日本庭園の楽しみ方については個々人の自由(もちろん、騒々しいとか寝転んでいるといった状態は問題外ですが)だと思います。
上記の経験からあえて言うならば、個人的には日本庭園や寺社仏閣のような和の空間に関しては、ざわざわしているよりは、自分の中が静まった状態を保って待つか、そう大層な状態でないにせよ、自分の中の感性をオープンにして、頭を働かせず雰囲気に浸っていた方が楽しめそうな気はします。
また、今回は正座で鑑賞してみましたが、おそらく、正座のような、ある程度制限のある整った姿勢を取ることも、より深く堪能するポイントで、ぐにゃぐにゃしている(弛緩している)姿勢よりも、しっかりと「静けさ」につながりやすいかまえのようにも感じます。クラニオ風に言えば「プラクティショナーニュートラル」に近い感覚を保持しやすい姿勢というところでしょうか。制限がある姿勢という意味ではヨガの姿勢などもそうなのかもしれませんが、ここでは何となく違う気はします…。


刺激を受けてはしゃぐようなエンターテイメント的楽しさではなく、静けさそのものを大事にしたり、それを深める中に充足感を見出す「静かなたのしさ」を味わう感覚が、特別に訓練するまでもなく、昔の日本人にはごく普通の選択肢としてあったのかもしれないな、と今回の旅で思いました。
すっかり西洋化した身体感覚を持っている私の様な現代日本人も、座禅や茶道、日本の伝統武術などを学んでいれば、静けさを大切にすることや、それによって生じる充足感は実感しやすそうなものですが、私の場合、西洋由来のクラニオ経由で、逆に日本的なものに少し触れられた気がしたのはなんだか不思議でした。

(追記)
…と、ひとしきり書いてから、そういえば、正座こそしていなかったものの、海外から来られた観光客の方も静かに庭園を鑑賞されていたのを思い出し、別に日本に限らず、海外でも教会のような聖なる場所で静かにふるまうのは普通のことだろうし、過ごし方の形式や施設の内容が違っても、然るべき空間で静けさを大切にする感覚は世界共通なのかもな、と改めて思いました。

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朧 こと 今野
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会社員生活の傍ら、手技セラピー「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」を学んでいます。

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