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クラニオセイクラル・バイオダイナミクスや身体に関する色々を気まぐれにつづります。
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相変わらずネタが尽きているので、今回は旅行体験と合体させて書く方向で…。
先日、京都に旅行に行きました。京都に行ったのはかなり久しぶりです。京都には何度も行きましたが、数年前、クラニオ合宿のセミナー1を修学院付近(といっても駅からはとても遠い)の関西セミナーハウスで受けて以来かもしれません。以降はクラニオセミナー会場は大阪の街中になってしまったので、京都は会場に行く途中に通過するだけという状態でした。
■
そんなわけで、今回久々に詩仙堂や相国寺の枯山水の庭を眺めたのですが、これまでより堪能できたように思いました。前に見た時ももちろん感動はありましたが、「庭を観察して意味を求めようとする」あるいは「五感を積極的に駆使して何かを見つけようとする」ような「能動的な」楽しみ方をしていた気がします。
今回は、見方については特に意識しなかったのですが、庭を前に何とはなしに正座をしたらクラニオセッションをやっている時のように自分自身が自然と静まった状態になり、風やししおどしの音、周囲の植物の色やざわめく様子、庭の砂の文様などが生き生きと目に入ってくるように感じられました。いうなれば、「自分自身が静まることで、周囲から情報を受け取る」ような「受動的な」楽しみ方というところです。しばらくこうしていると、静けさもさらに深まっていくようで、自分も庭や周囲の風景の一部と感じられるような独特の静かな充足感もあり、充実のひと時を過ごすことができました。
私の場合、庭園の環境と、正座という身構えによって我知らずスイッチが入り、クラニオを行う時のような上記の身体感覚のモードに入ってしまったようですが、そのことで思わぬ恩恵を得た気分です。自分の中が静まった状態になると、結果的に(受動的に)情報を受け取りやすくなったり、周囲が良く見えることは分かっているつもりでしたが、クラニオセッション以外の場面での、目に見えない大切さが理解できた気がしました。また、日本庭園という空間は自分が静まることによって、より深く味わえるものなのかもしれないな、とも思いました。
■
もちろん、私は日本庭園鑑賞コーディネーターのような人ではなく、これこれこういった鑑賞方法が正しいなどとも思っていないので、日本庭園の楽しみ方については個々人の自由(もちろん、騒々しいとか寝転んでいるといった状態は問題外ですが)だと思います。
上記の経験からあえて言うならば、個人的には日本庭園や寺社仏閣のような和の空間に関しては、ざわざわしているよりは、自分の中が静まった状態を保って待つか、そう大層な状態でないにせよ、自分の中の感性をオープンにして、頭を働かせず雰囲気に浸っていた方が楽しめそうな気はします。
また、今回は正座で鑑賞してみましたが、おそらく、正座のような、ある程度制限のある整った姿勢を取ることも、より深く堪能するポイントで、ぐにゃぐにゃしている(弛緩している)姿勢よりも、しっかりと「静けさ」につながりやすいかまえのようにも感じます。クラニオ風に言えば「プラクティショナーニュートラル」に近い感覚を保持しやすい姿勢というところでしょうか。制限がある姿勢という意味ではヨガの姿勢などもそうなのかもしれませんが、ここでは何となく違う気はします…。
■
刺激を受けてはしゃぐようなエンターテイメント的楽しさではなく、静けさそのものを大事にしたり、それを深める中に充足感を見出す「静かなたのしさ」を味わう感覚が、特別に訓練するまでもなく、昔の日本人にはごく普通の選択肢としてあったのかもしれないな、と今回の旅で思いました。
すっかり西洋化した身体感覚を持っている私の様な現代日本人も、座禅や茶道、日本の伝統武術などを学んでいれば、静けさを大切にすることや、それによって生じる充足感は実感しやすそうなものですが、私の場合、西洋由来のクラニオ経由で、逆に日本的なものに少し触れられた気がしたのはなんだか不思議でした。
(追記)
…と、ひとしきり書いてから、そういえば、正座こそしていなかったものの、海外から来られた観光客の方も静かに庭園を鑑賞されていたのを思い出し、別に日本に限らず、海外でも教会のような聖なる場所で静かにふるまうのは普通のことだろうし、過ごし方の形式や施設の内容が違っても、然るべき空間で静けさを大切にする感覚は世界共通なのかもな、と改めて思いました。
先日、京都に旅行に行きました。京都に行ったのはかなり久しぶりです。京都には何度も行きましたが、数年前、クラニオ合宿のセミナー1を修学院付近(といっても駅からはとても遠い)の関西セミナーハウスで受けて以来かもしれません。以降はクラニオセミナー会場は大阪の街中になってしまったので、京都は会場に行く途中に通過するだけという状態でした。
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そんなわけで、今回久々に詩仙堂や相国寺の枯山水の庭を眺めたのですが、これまでより堪能できたように思いました。前に見た時ももちろん感動はありましたが、「庭を観察して意味を求めようとする」あるいは「五感を積極的に駆使して何かを見つけようとする」ような「能動的な」楽しみ方をしていた気がします。
今回は、見方については特に意識しなかったのですが、庭を前に何とはなしに正座をしたらクラニオセッションをやっている時のように自分自身が自然と静まった状態になり、風やししおどしの音、周囲の植物の色やざわめく様子、庭の砂の文様などが生き生きと目に入ってくるように感じられました。いうなれば、「自分自身が静まることで、周囲から情報を受け取る」ような「受動的な」楽しみ方というところです。しばらくこうしていると、静けさもさらに深まっていくようで、自分も庭や周囲の風景の一部と感じられるような独特の静かな充足感もあり、充実のひと時を過ごすことができました。
私の場合、庭園の環境と、正座という身構えによって我知らずスイッチが入り、クラニオを行う時のような上記の身体感覚のモードに入ってしまったようですが、そのことで思わぬ恩恵を得た気分です。自分の中が静まった状態になると、結果的に(受動的に)情報を受け取りやすくなったり、周囲が良く見えることは分かっているつもりでしたが、クラニオセッション以外の場面での、目に見えない大切さが理解できた気がしました。また、日本庭園という空間は自分が静まることによって、より深く味わえるものなのかもしれないな、とも思いました。
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もちろん、私は日本庭園鑑賞コーディネーターのような人ではなく、これこれこういった鑑賞方法が正しいなどとも思っていないので、日本庭園の楽しみ方については個々人の自由(もちろん、騒々しいとか寝転んでいるといった状態は問題外ですが)だと思います。
上記の経験からあえて言うならば、個人的には日本庭園や寺社仏閣のような和の空間に関しては、ざわざわしているよりは、自分の中が静まった状態を保って待つか、そう大層な状態でないにせよ、自分の中の感性をオープンにして、頭を働かせず雰囲気に浸っていた方が楽しめそうな気はします。
また、今回は正座で鑑賞してみましたが、おそらく、正座のような、ある程度制限のある整った姿勢を取ることも、より深く堪能するポイントで、ぐにゃぐにゃしている(弛緩している)姿勢よりも、しっかりと「静けさ」につながりやすいかまえのようにも感じます。クラニオ風に言えば「プラクティショナーニュートラル」に近い感覚を保持しやすい姿勢というところでしょうか。制限がある姿勢という意味ではヨガの姿勢などもそうなのかもしれませんが、ここでは何となく違う気はします…。
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刺激を受けてはしゃぐようなエンターテイメント的楽しさではなく、静けさそのものを大事にしたり、それを深める中に充足感を見出す「静かなたのしさ」を味わう感覚が、特別に訓練するまでもなく、昔の日本人にはごく普通の選択肢としてあったのかもしれないな、と今回の旅で思いました。
すっかり西洋化した身体感覚を持っている私の様な現代日本人も、座禅や茶道、日本の伝統武術などを学んでいれば、静けさを大切にすることや、それによって生じる充足感は実感しやすそうなものですが、私の場合、西洋由来のクラニオ経由で、逆に日本的なものに少し触れられた気がしたのはなんだか不思議でした。
(追記)
…と、ひとしきり書いてから、そういえば、正座こそしていなかったものの、海外から来られた観光客の方も静かに庭園を鑑賞されていたのを思い出し、別に日本に限らず、海外でも教会のような聖なる場所で静かにふるまうのは普通のことだろうし、過ごし方の形式や施設の内容が違っても、然るべき空間で静けさを大切にする感覚は世界共通なのかもな、と改めて思いました。
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相変わらず書くネタが尽きかけています…。
今回はなんとなく思いつきで、クラニオの上達みたいなことをネタに雑感を書いてみようかと。
■
クラニオの上達と言っても、私の場合は、おそらく他の技術と同様、「秘伝」みたいな特別な教えを得てある日突然劇的に何かが変わったといった事はなく、原理原則をどれだけ表現しているかとか、手の形とか、自分の緊張とか、色々な問題意識と格闘しつつ、黙々と数をこなしていたら、気が付いたら変わっていた、といった感じです。何かが明確にできて狂喜乱舞という事もなく、「あれ、そういえばいつのまにか○○で困ることがなくなったな」という感じで地味に変化している印象です。
こういったボディワークや武術などを学ぶと自分の体自体が変わり、結果的に考えなども変わってしまうせいか、自分がかつてどんな状態だったかというのは呆れるほどあっけなく忘れてしまうもので、記憶があいまいですが、「そういえば、最近○○で困ることがなくなったな」の例としては、相手の方に触れている時に手が離れてしまったり、おっかなびっくり触れていることが何年か前からなくなっているな、というものがあります。
これは、クライアントさん(クラニオを受ける人)に触れてセッションを進めていくと、プラクティショナー(クラニオする人)はクライアントさんの身体からいろいろな変化を感じ、状況に応じて適切に対応していく必要がありますが、ある時まで私は、クライアントさんの身体の自然な動きの表現を自分が止めてしまっているのでは、と不安になったり、自分の触れ方がまずくて余計な刺激を与えているのではないか、とびくびくしながら触れていたということです。その結果として、いつの間にか手が離れてしまっていた(自分で手をちょっとずつ離していた)、といったことが起きていたわけですね。
実際は「プラクティショナー自身が不安定な状態で触れている」こと自体がクライアントさんにとっては良くない影響につながる可能性が高いわけですが(精神論ではなく、色々な意味で硬直した身体状態で触れていることが問題)、プラクティショナーが触れ方やセッション中の対応スキルに不安があると、そこまで意識が回らないのはやむなしというところでしょうか。
これがいつの間にか解消されていた大雑把な理由としては、意識を用いた距離感の取り方のスキルや姿勢の精度などが向上したので、状況対応力が増し、また、状況に応じた適切な対応を無意識のうちに行っていることもあるので、いつの間にか相手の様々な変化を不安を持たずに受け入れやすくなったためと思います。数をこなして自信がついたといった単純な理由もあると思います。
■
クライアントさんの身体内の変化への対応が不安、という例とは逆に、相手が目に見えて変化しないので、何も起こっていないので不安だとか、変化すべきなのに自分の対応がまずいのではと思うあまり介入してしまう(何らかの動き・流れをクライアントさんの身体に追加してしまう)ということも結構あったと思います。
これに関しては何度も書いていますが、実際は静まっている状態を見守ることが重要で、きちんと見守っていれば、その後に新たな変化が自然と現れたり、身体の動きとしての変化が目立たなくても、深い休息の機会になってたりするので、何かしたくなりますが、余計なことはしないのが原則です。
習い始めた当初は、静かな状態で待つことにより変化が起きることを知識でしか知らないため、本当に余計なことをしなくてよいのかと、いくらか疑念を持っている状態ですが、何度もセッションをこなして経験を積む中で、この原理や人のからだの精妙な働きが体感として信頼できるようになり、しっかり待つことができるようになった、という部分はあります。当たり前ですが、クライアントさんも色々な方がいますし、理屈では分かったつもりでも、実際に人に何度も触れてみないと分からないことはたくさんあると実感します。
これに関しても、最近は大概の状況では介入しないで静かに見守ることができるようにはなったかなと思います。「静けさを前に待つスキル」が高まったとはいえ、しばらく気が散っていたり、何かの瞬間に無意識に余計な介入をしてしまっている場合もある気はしますが…。
ちなみに、多分前にも書きましたが、クラニオでは「シャットダウン」といって、プラクティショナーがクライアントさんに余計な刺激を与えたり、よくない対応をした結果、クライアントさんの身体が防御作用として硬直してしまう場合もあり、こちらは「止まっている状態」でも、結構深刻な状況です。もっとも、これは穏やかな静止と急ブレーキ後の停止の違いのようなものなので、習っている人なら違いはすぐ分かることですが、私も始めた直後はわからなかったかもしれないので、こういった「静止と停止の違いがすぐ分かる自信がある」点も成長と言えば成長でしょうか。
■
こうやって書いてみると、当たり前ですが、確かに自分も色々成長はしているのだなと多少は実感しますね…。クラニオ・バイオダイナミクスは見た目はじっとしているワークですが、実際には目に見えにくいなりに、熟練の段階に応じてプラクティショナーのスキルも様々な変化をしているという事ですね。
今回はなんとなく思いつきで、クラニオの上達みたいなことをネタに雑感を書いてみようかと。
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クラニオの上達と言っても、私の場合は、おそらく他の技術と同様、「秘伝」みたいな特別な教えを得てある日突然劇的に何かが変わったといった事はなく、原理原則をどれだけ表現しているかとか、手の形とか、自分の緊張とか、色々な問題意識と格闘しつつ、黙々と数をこなしていたら、気が付いたら変わっていた、といった感じです。何かが明確にできて狂喜乱舞という事もなく、「あれ、そういえばいつのまにか○○で困ることがなくなったな」という感じで地味に変化している印象です。
こういったボディワークや武術などを学ぶと自分の体自体が変わり、結果的に考えなども変わってしまうせいか、自分がかつてどんな状態だったかというのは呆れるほどあっけなく忘れてしまうもので、記憶があいまいですが、「そういえば、最近○○で困ることがなくなったな」の例としては、相手の方に触れている時に手が離れてしまったり、おっかなびっくり触れていることが何年か前からなくなっているな、というものがあります。
これは、クライアントさん(クラニオを受ける人)に触れてセッションを進めていくと、プラクティショナー(クラニオする人)はクライアントさんの身体からいろいろな変化を感じ、状況に応じて適切に対応していく必要がありますが、ある時まで私は、クライアントさんの身体の自然な動きの表現を自分が止めてしまっているのでは、と不安になったり、自分の触れ方がまずくて余計な刺激を与えているのではないか、とびくびくしながら触れていたということです。その結果として、いつの間にか手が離れてしまっていた(自分で手をちょっとずつ離していた)、といったことが起きていたわけですね。
実際は「プラクティショナー自身が不安定な状態で触れている」こと自体がクライアントさんにとっては良くない影響につながる可能性が高いわけですが(精神論ではなく、色々な意味で硬直した身体状態で触れていることが問題)、プラクティショナーが触れ方やセッション中の対応スキルに不安があると、そこまで意識が回らないのはやむなしというところでしょうか。
これがいつの間にか解消されていた大雑把な理由としては、意識を用いた距離感の取り方のスキルや姿勢の精度などが向上したので、状況対応力が増し、また、状況に応じた適切な対応を無意識のうちに行っていることもあるので、いつの間にか相手の様々な変化を不安を持たずに受け入れやすくなったためと思います。数をこなして自信がついたといった単純な理由もあると思います。
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クライアントさんの身体内の変化への対応が不安、という例とは逆に、相手が目に見えて変化しないので、何も起こっていないので不安だとか、変化すべきなのに自分の対応がまずいのではと思うあまり介入してしまう(何らかの動き・流れをクライアントさんの身体に追加してしまう)ということも結構あったと思います。
これに関しては何度も書いていますが、実際は静まっている状態を見守ることが重要で、きちんと見守っていれば、その後に新たな変化が自然と現れたり、身体の動きとしての変化が目立たなくても、深い休息の機会になってたりするので、何かしたくなりますが、余計なことはしないのが原則です。
習い始めた当初は、静かな状態で待つことにより変化が起きることを知識でしか知らないため、本当に余計なことをしなくてよいのかと、いくらか疑念を持っている状態ですが、何度もセッションをこなして経験を積む中で、この原理や人のからだの精妙な働きが体感として信頼できるようになり、しっかり待つことができるようになった、という部分はあります。当たり前ですが、クライアントさんも色々な方がいますし、理屈では分かったつもりでも、実際に人に何度も触れてみないと分からないことはたくさんあると実感します。
これに関しても、最近は大概の状況では介入しないで静かに見守ることができるようにはなったかなと思います。「静けさを前に待つスキル」が高まったとはいえ、しばらく気が散っていたり、何かの瞬間に無意識に余計な介入をしてしまっている場合もある気はしますが…。
ちなみに、多分前にも書きましたが、クラニオでは「シャットダウン」といって、プラクティショナーがクライアントさんに余計な刺激を与えたり、よくない対応をした結果、クライアントさんの身体が防御作用として硬直してしまう場合もあり、こちらは「止まっている状態」でも、結構深刻な状況です。もっとも、これは穏やかな静止と急ブレーキ後の停止の違いのようなものなので、習っている人なら違いはすぐ分かることですが、私も始めた直後はわからなかったかもしれないので、こういった「静止と停止の違いがすぐ分かる自信がある」点も成長と言えば成長でしょうか。
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こうやって書いてみると、当たり前ですが、確かに自分も色々成長はしているのだなと多少は実感しますね…。クラニオ・バイオダイナミクスは見た目はじっとしているワークですが、実際には目に見えにくいなりに、熟練の段階に応じてプラクティショナーのスキルも様々な変化をしているという事ですね。
このブログでも何度か取り上げた、からだ系イベント「癒しと憩いフェス2013」が昨日無事終了しました。
私自身はクラニオチームの事前準備を若干行っただけなので全体の入場者数等は昨日時点では把握していませんでしたが、メインイベントの1つである帯津良一先生の講演に90名位の聴講者がいた他、先程見たフェス実行委員会の公式発表では350名以上の方が来られたとのこと(7/30追記:より正確には、1日目、2日目とも350名あまりの方が来られたとのことです。)。当初は200名以上来場想定と聞いた気がするので、大成功ですな。
◆
クラニオブースには2日間で20~25名くらい来たようです(正確な数は未確認)。
1階からポスターで誘導はしているものの、4階客室奥の部屋が会場ということもあり、若干目につきづらい場所だったかもしれませんが、こうやって数にしてみると結構な来場者数と言えそうです。自ら何らかのワークをされており、ある程度クラニオについて分かっている、別のブース出展者の方が訪問されたケースもありますが、未経験の方もある程度来られたようです。
セッションに直接関わるクラニオチームのメンバーは総勢9名と結構大所帯なので(受付1名、セッション係2名を基本としてローテーション)、私のセッション実施回数は2日で計2回でした。セッション時間は出展用の短め(約30分)バージョンでしたが、ある程度の実感は持ってもらえたようで良かったです。1名の方には、時間が許せばもう少しやりたかった、とも思いましたが、1名だけ特別扱いというわけにもいかず、仕方ないところです。
私が担当した2回のセッションの概観は、それぞれミッドタイド中心、ロングタイド中心のセッションでした。これまでも書いているとおり、クラニオ・バイオダイナミクスのセッションの局面には、大きく分けて、ミッドタイド(1次呼吸のゆっくりした波)、ロングタイド(1次呼吸のとてもゆっくりの波)、スティルネス(1次呼吸の根源にあると言われる深い静寂)の主に3つの局面があり(他に、それらを身体が表現する前の状態や表現できないときの対応などもありますが)、それぞれの局面で起こることの質や術者の対応も異なってきます。
こういったそれぞれの局面でいかに状況に合わせたサポートができるかが私の最近のテーマという所ですが(これはセッション時にいつも行うべきことですが、そこをこれまでより丁寧にやるという意味で)、今回は短時間ながらも、それらをある程度実現し、クラニオ・バイオダイナミクスらしい内容にはなったかなと思っています。今回のイベントでは他のメンバーのセッションや受付の様子も目の当たりにし、やはり皆さんそれぞれにしっかりした教程を学び、経験を積んだプロだなと感じさせられるところがありました。
◆
クラニオ以外に関しては、個人的には会場が一応伊豆のリゾートホテルという事で、優雅に休暇を満喫するようなことができないかと思っていたのですが、夜は普段の疲れが出たのか、夕食後にベッドに倒れこんだらそのまま長時間寝てしまったほか、チェックアウト時間がゆっくりのため、部屋で何となく横になってじっとしている時間が案外あり、リゾートホテル施設をフルに活用するには至らなかった気もします…。バイキング形式の夕食と朝食のほか、イベント中には近所の個人商店と思われるピザ屋等の屋台も出ており、食事はおいしかったです。
他のイベントをあまりまわることはなかったですが、帯津良一先生の講演が聞けたことは収穫でした。他には、耳のお灸のような「イヤーコーニング」というものが気になったので、セッションを受ける体験をしてみました。老廃物除去などに役立つそうですが、クラニオとはまた別の感触の気持ちよさがあり、良かったです。耳に触れるハンドポジションはクラニオにもあるので、クラニオにも活かせる部分もあるかもしれません。世の中には色々な健康に良いものがありますが、それぞれに良さがあるものだと改めて実感しました。
このイベント全体の様子としては、各所が人でごった返して大盛況!というほどでもなく、各所にそこそこ程度の人がやってきてゆるく盛り上がっている印象でしたが(会場は結構広いので、350名の人が居てもあまり狭くるしい感じがなかったものと思われます)、人でごった返していたとしたら疲れそうですし、リラックスできるようなワークのイベントが凄い熱気であふれているのもどうかと思うので、今回の雰囲気はなかなか良かったのではと思います。関係者の皆様お疲れ様でした。
◆
ちなみに、ホテルにはこのイベントに合わせて「癒しと憩いのライブラリー」という図書館のような一角ができたそうで、本の寄贈やボランティア館長も募集中とのことだったので、一応ここにも案内のリンクをのせておきます。「癒しと憩いの~」とありますが、本棚の本を眺めていたところ、荒木飛呂彦氏が関わっている漫画「奇人偏屈列伝」(よしもとばなな氏寄贈らしい…)も何故か置いてあったので、許可される本の幅は結構広い物と思われます。
癒しと憩いのライブラリーHP
http://www.libraryhr.org/
私自身はクラニオチームの事前準備を若干行っただけなので全体の入場者数等は昨日時点では把握していませんでしたが、メインイベントの1つである帯津良一先生の講演に90名位の聴講者がいた他、先程見たフェス実行委員会の公式発表では350名以上の方が来られたとのこと(7/30追記:より正確には、1日目、2日目とも350名あまりの方が来られたとのことです。)。当初は200名以上来場想定と聞いた気がするので、大成功ですな。
◆
クラニオブースには2日間で20~25名くらい来たようです(正確な数は未確認)。
1階からポスターで誘導はしているものの、4階客室奥の部屋が会場ということもあり、若干目につきづらい場所だったかもしれませんが、こうやって数にしてみると結構な来場者数と言えそうです。自ら何らかのワークをされており、ある程度クラニオについて分かっている、別のブース出展者の方が訪問されたケースもありますが、未経験の方もある程度来られたようです。
セッションに直接関わるクラニオチームのメンバーは総勢9名と結構大所帯なので(受付1名、セッション係2名を基本としてローテーション)、私のセッション実施回数は2日で計2回でした。セッション時間は出展用の短め(約30分)バージョンでしたが、ある程度の実感は持ってもらえたようで良かったです。1名の方には、時間が許せばもう少しやりたかった、とも思いましたが、1名だけ特別扱いというわけにもいかず、仕方ないところです。
私が担当した2回のセッションの概観は、それぞれミッドタイド中心、ロングタイド中心のセッションでした。これまでも書いているとおり、クラニオ・バイオダイナミクスのセッションの局面には、大きく分けて、ミッドタイド(1次呼吸のゆっくりした波)、ロングタイド(1次呼吸のとてもゆっくりの波)、スティルネス(1次呼吸の根源にあると言われる深い静寂)の主に3つの局面があり(他に、それらを身体が表現する前の状態や表現できないときの対応などもありますが)、それぞれの局面で起こることの質や術者の対応も異なってきます。
こういったそれぞれの局面でいかに状況に合わせたサポートができるかが私の最近のテーマという所ですが(これはセッション時にいつも行うべきことですが、そこをこれまでより丁寧にやるという意味で)、今回は短時間ながらも、それらをある程度実現し、クラニオ・バイオダイナミクスらしい内容にはなったかなと思っています。今回のイベントでは他のメンバーのセッションや受付の様子も目の当たりにし、やはり皆さんそれぞれにしっかりした教程を学び、経験を積んだプロだなと感じさせられるところがありました。
◆
クラニオ以外に関しては、個人的には会場が一応伊豆のリゾートホテルという事で、優雅に休暇を満喫するようなことができないかと思っていたのですが、夜は普段の疲れが出たのか、夕食後にベッドに倒れこんだらそのまま長時間寝てしまったほか、チェックアウト時間がゆっくりのため、部屋で何となく横になってじっとしている時間が案外あり、リゾートホテル施設をフルに活用するには至らなかった気もします…。バイキング形式の夕食と朝食のほか、イベント中には近所の個人商店と思われるピザ屋等の屋台も出ており、食事はおいしかったです。
他のイベントをあまりまわることはなかったですが、帯津良一先生の講演が聞けたことは収穫でした。他には、耳のお灸のような「イヤーコーニング」というものが気になったので、セッションを受ける体験をしてみました。老廃物除去などに役立つそうですが、クラニオとはまた別の感触の気持ちよさがあり、良かったです。耳に触れるハンドポジションはクラニオにもあるので、クラニオにも活かせる部分もあるかもしれません。世の中には色々な健康に良いものがありますが、それぞれに良さがあるものだと改めて実感しました。
このイベント全体の様子としては、各所が人でごった返して大盛況!というほどでもなく、各所にそこそこ程度の人がやってきてゆるく盛り上がっている印象でしたが(会場は結構広いので、350名の人が居てもあまり狭くるしい感じがなかったものと思われます)、人でごった返していたとしたら疲れそうですし、リラックスできるようなワークのイベントが凄い熱気であふれているのもどうかと思うので、今回の雰囲気はなかなか良かったのではと思います。関係者の皆様お疲れ様でした。
◆
ちなみに、ホテルにはこのイベントに合わせて「癒しと憩いのライブラリー」という図書館のような一角ができたそうで、本の寄贈やボランティア館長も募集中とのことだったので、一応ここにも案内のリンクをのせておきます。「癒しと憩いの~」とありますが、本棚の本を眺めていたところ、荒木飛呂彦氏が関わっている漫画「奇人偏屈列伝」(よしもとばなな氏寄贈らしい…)も何故か置いてあったので、許可される本の幅は結構広い物と思われます。
癒しと憩いのライブラリーHP
http://www.libraryhr.org/
気が付けばもう6月末。
以前告知した、クラニオも登場する伊豆のボディワーク系イベント「癒しと憩いフェス2013」も開催まであと1か月足らずです。会場のホテルはもう満室になったそうで、なかなか盛況のようです。
クラニオ以外にも色々な催しがありますし、会場以外の付近のホテルに泊まる事もできると思いますので、興味を持たれた方は伊豆観光がてらぜひお越しください。
◆「癒しと憩いフェス」2013 HP (7/27、28 開催)
http://iyashi-ikoi.org/
ちなみに、クラニオのセッション会場はホテルの4階だとか…。
http://iyashi-ikoi.org/images/map/guide_map_3_4F.html
リゾートホテルが会場ということもあり、ゴージャスな環境であることが期待されます。
といいつつも、見つけてもらえるのか微妙に不安な位置なんですが、
人が来なかったらひたすら景色を眺めていようと思います…。
◆
私もこのイベントにはセッション担当その1として参加するわけですが、もし自分が受付の時にクラニオについてよく知らない方が来た場合、これは何をやるワークなのか説明の必要があるので、クラニオとその周辺知識を簡潔に説明するとしたらどうなるだろうかと、またクラニオ本を読んだりしながら考えています。こういう風に会場で説明するかは不明ですが、とりあえず、できるだけ簡単にしたつもりのものを頭の整理用に書いてみます。
①人体には1次呼吸という深くゆっくりしたリズムがある。
②1次呼吸は実体がないものではなく、
脳脊髄液(や身体全体)の満ち引きのようなリズムとして感じられる。
1次呼吸は、人のからだを編成するとともに、
脳脊髄液を通してからだに滋養を運ぶ働きを持つと考えられている
③クラニオ・バイオダイナミクスの役目は、
どんな方にでもあるこの1次呼吸の働きを尊重し、
心身が今より良いバランスを見つけ出す手助けをすること。
④手助け(セッション)の方法は、術者が横になった相手にごく軽く触れながら、
1次呼吸のリズムや身体の深い静けさに静かに耳を傾けること。
⑤からだは④のような体験をする(セッションを受ける)中で、
自分の状態を無理のない範囲でみずから再編成して、
よりよい心身のバランスを見つけることができる。
そこまで言ってよいものかと思う部分や、色々抜けはありますが、細かい部分はクラニオを受けたことのある方や身体にマニアックな興味がある方と判断できた時に話せばよいだろうし、現地でそんなに話し込んでいる時間があるかも不明なので、まあこんな感じかなと。
実際、受けてみないと分からない部分が多すぎなワークなので、うだうだ理屈を並べるよりも、気になったらまず受けてみましょう、的におすすめしてしまった方がいいのかもしれませんが。ちなみに、①~⑤の補足、などとここに軽く書こうとしたら、また長々と余計なことを書くモードに入ってしまいそうになったのでやめておきました。気が向いたらいつか書きます。
◆
にしても、これらはクラニオ本の「ウィズダム イン ザ ボディ」なども眺めつつまとめたものですが、こうやってまとめようとしてみると、自分で理解が随分曖昧だなと思う箇所や、本を読んでそれは初耳だと認識する箇所が色々あり、私はクラニオについてまだまだ分かっていない部分が多いものと実感します。
まあ、私が語る内容が、理屈の上で物凄く整合性が取れている必要もないと思うのですが、アナログ的な言葉や不思議な言葉を併用して語るにしても、現行では重要な事を忘れているような感覚が付きまといます。とりあえず、イベント開催までにはもう一度頭を空にしてテキストを読み返し、説明の素材を集めるくらいはしておいた方がよさそうだなと思いました。
以前告知した、クラニオも登場する伊豆のボディワーク系イベント「癒しと憩いフェス2013」も開催まであと1か月足らずです。会場のホテルはもう満室になったそうで、なかなか盛況のようです。
クラニオ以外にも色々な催しがありますし、会場以外の付近のホテルに泊まる事もできると思いますので、興味を持たれた方は伊豆観光がてらぜひお越しください。
◆「癒しと憩いフェス」2013 HP (7/27、28 開催)
http://iyashi-ikoi.org/
ちなみに、クラニオのセッション会場はホテルの4階だとか…。
http://iyashi-ikoi.org/images/map/guide_map_3_4F.html
リゾートホテルが会場ということもあり、ゴージャスな環境であることが期待されます。
といいつつも、見つけてもらえるのか微妙に不安な位置なんですが、
人が来なかったらひたすら景色を眺めていようと思います…。
◆
私もこのイベントにはセッション担当その1として参加するわけですが、もし自分が受付の時にクラニオについてよく知らない方が来た場合、これは何をやるワークなのか説明の必要があるので、クラニオとその周辺知識を簡潔に説明するとしたらどうなるだろうかと、またクラニオ本を読んだりしながら考えています。こういう風に会場で説明するかは不明ですが、とりあえず、できるだけ簡単にしたつもりのものを頭の整理用に書いてみます。
①人体には1次呼吸という深くゆっくりしたリズムがある。
②1次呼吸は実体がないものではなく、
脳脊髄液(や身体全体)の満ち引きのようなリズムとして感じられる。
1次呼吸は、人のからだを編成するとともに、
脳脊髄液を通してからだに滋養を運ぶ働きを持つと考えられている
③クラニオ・バイオダイナミクスの役目は、
どんな方にでもあるこの1次呼吸の働きを尊重し、
心身が今より良いバランスを見つけ出す手助けをすること。
④手助け(セッション)の方法は、術者が横になった相手にごく軽く触れながら、
1次呼吸のリズムや身体の深い静けさに静かに耳を傾けること。
⑤からだは④のような体験をする(セッションを受ける)中で、
自分の状態を無理のない範囲でみずから再編成して、
よりよい心身のバランスを見つけることができる。
そこまで言ってよいものかと思う部分や、色々抜けはありますが、細かい部分はクラニオを受けたことのある方や身体にマニアックな興味がある方と判断できた時に話せばよいだろうし、現地でそんなに話し込んでいる時間があるかも不明なので、まあこんな感じかなと。
実際、受けてみないと分からない部分が多すぎなワークなので、うだうだ理屈を並べるよりも、気になったらまず受けてみましょう、的におすすめしてしまった方がいいのかもしれませんが。ちなみに、①~⑤の補足、などとここに軽く書こうとしたら、また長々と余計なことを書くモードに入ってしまいそうになったのでやめておきました。気が向いたらいつか書きます。
◆
にしても、これらはクラニオ本の「ウィズダム イン ザ ボディ」なども眺めつつまとめたものですが、こうやってまとめようとしてみると、自分で理解が随分曖昧だなと思う箇所や、本を読んでそれは初耳だと認識する箇所が色々あり、私はクラニオについてまだまだ分かっていない部分が多いものと実感します。
まあ、私が語る内容が、理屈の上で物凄く整合性が取れている必要もないと思うのですが、アナログ的な言葉や不思議な言葉を併用して語るにしても、現行では重要な事を忘れているような感覚が付きまといます。とりあえず、イベント開催までにはもう一度頭を空にしてテキストを読み返し、説明の素材を集めるくらいはしておいた方がよさそうだなと思いました。
◆クラニオブログについて
クラニオは、20世紀初頭にアメリカで生まれたボディワーク(セラピー)の1つです。「クラニオセイクラルワーク」というのが正式名称です。「クラニオ」は略称です。クラニオのセッションではそれぞれのクラニオ流派ごとの方法で、身体の細かな動き・リズムとして感知される1次呼吸という働きの力(胎児期からずっと人の身体を形成・編成し続けている働きとされる)を尊重したセッションを行います。 ひとくちにクラニオといっても、大別するといくつかの流派もしくは方法論の違いがあります。
私が学ぶ流派は正確には「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」といいます。私がブログで特に断りなく「クラニオは~」等と言った時に指すのは、この「バイオダイナミクスアプローチ」のクラニオです。
このブログでは、私が教程で学んだ内容を自分の言葉で書いたり、自分の所属団体のクラニオ関連イベントを告知したり、身体に関する話題について思うところを書いてみる予定です。個人ブログなので、突然明後日の方向に脱線することもあると思いますが、結果的に、縁のある方にクラニオというワークの存在を知って頂けたり、行間に醸し出されているかもしれないクラニオ独特のスタンスから何か得るものがあれば幸いです。
なお、右サイドメニューの説明や「クラニオセッションご希望の方へ」にあるように、現在、クラニオセッションそのものは(イベントで稀に出展する時以外は)限られた方のみに実施しており、当サイト経由での積極的なセッション受付は行っておりません。
また、私が書いている内容は、あくまで書いた時点の私自身の理解によるもので、時々内容に間違いを含むかもしれない点や、私が学ぶ教程の公式見解と内容が必ずしも一致しているわけでない点をご了承下さい。なお、私は自分の文章をしばらく後に読み返して、問題だと思った場合は内容に手を加えたり、記事ごとさっくり消してしまうことが結構あるので、後で見直すと内容や表現が違っていたり、記事が行方不明になったりしているかもしれませんが、その点もご容赦頂ければと思います。
<右サイドメニュー下部のリンクについて>
個人的にお世話になった方や団体、私が関わったイベントのサイト、相互リンクいただいているサイトなどのリンクを載せています。クラニオ・バイオダイナミクス関連のリンクを集約した「クラニオバイオ関連リンク集」以外は、クラニオ・バイオダイナミクスやICSBとは直接関係がない内容のサイトです。
ボディワークで開業されていたり、講座情報が載っているサイトもありますが、私自身はセッションや各サービスの内容、雰囲気等に関しては評価できかねますので、それらに関しては各サイトをご確認ください。
なお、リンクはブログ主の気まぐれにより増減したり、順序を入れ替えたりすることがあります。
クラニオは、20世紀初頭にアメリカで生まれたボディワーク(セラピー)の1つです。「クラニオセイクラルワーク」というのが正式名称です。「クラニオ」は略称です。クラニオのセッションではそれぞれのクラニオ流派ごとの方法で、身体の細かな動き・リズムとして感知される1次呼吸という働きの力(胎児期からずっと人の身体を形成・編成し続けている働きとされる)を尊重したセッションを行います。 ひとくちにクラニオといっても、大別するといくつかの流派もしくは方法論の違いがあります。
私が学ぶ流派は正確には「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」といいます。私がブログで特に断りなく「クラニオは~」等と言った時に指すのは、この「バイオダイナミクスアプローチ」のクラニオです。
このブログでは、私が教程で学んだ内容を自分の言葉で書いたり、自分の所属団体のクラニオ関連イベントを告知したり、身体に関する話題について思うところを書いてみる予定です。個人ブログなので、突然明後日の方向に脱線することもあると思いますが、結果的に、縁のある方にクラニオというワークの存在を知って頂けたり、行間に醸し出されているかもしれないクラニオ独特のスタンスから何か得るものがあれば幸いです。
なお、右サイドメニューの説明や「クラニオセッションご希望の方へ」にあるように、現在、クラニオセッションそのものは(イベントで稀に出展する時以外は)限られた方のみに実施しており、当サイト経由での積極的なセッション受付は行っておりません。
また、私が書いている内容は、あくまで書いた時点の私自身の理解によるもので、時々内容に間違いを含むかもしれない点や、私が学ぶ教程の公式見解と内容が必ずしも一致しているわけでない点をご了承下さい。なお、私は自分の文章をしばらく後に読み返して、問題だと思った場合は内容に手を加えたり、記事ごとさっくり消してしまうことが結構あるので、後で見直すと内容や表現が違っていたり、記事が行方不明になったりしているかもしれませんが、その点もご容赦頂ければと思います。
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プロフィール
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HN:
朧 こと 今野
性別:
男性
自己紹介:
手技セラピー「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス(クラニオバイオ)」の施術者です。
「★クラニオバイオリンク集」ではここ以外のクラニオバイオ関連サイトを紹介しています。
私自身のクラニオセッション等の活動は現在一時休止中です(2029年再開予定)。
私のプロフィール的なものはこちら
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