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クラニオセイクラル・バイオダイナミクスや身体に関する色々を気まぐれにつづります。
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ブログネタが尽きている状態は日々進行中です。私がクラニオに関して語れることはそんなにないっすよ…理屈の部分は不完全ながらここでかなり書いたと思うし…というわけで、また英語クラニオ関連サイトを極めて大雑把に翻訳するパターンに戻ってまいりました。
それで、何を翻訳しようかと思っていたんですが、クラニオ創始者であるサザーランド博士自身についてほとんど知らないことに気づいたので、さっそく検索してみたところ、英語サイトには彼の写真やら経歴やらが結構載っていることを発見しました。
以下は海外のクラニアル オステオパシーのサイトにあったサザーランド博士の経歴ページ。肖像画もあり、ダンディな紳士という雰囲気が漂っています。
http://www.osteohome.com/SubPages/wgs.html
同サイト別ページにご当人の写真もありました。これは貴重ですね。 http://www.osteohome.com/SubPages/WGSphotos.html
先のページのサザーランド博士の紹介文は結構充実していて、それほど内容も難しくないので、これを翻訳素材にさせていただきました。業績とBiographyとあるうち、Biographyの部分だけ訳してみます。例によって訳は大雑把です…。
<以下大雑把訳>
======================================================
◆ 経歴:William Sutherland, DO(1873-1954)
Dr.サザーランドは1873年に米国ウィスコンシンの労働者階級の家庭に生まれました。彼の父は鍛冶屋、母は主婦でした。兄弟は3人おり、彼は上から3番目でした。
彼が就いた最初の仕事はウィスコンシン北部の地方紙の記者でした。Dr.サザーランドは、記者としての仕事の経験は、一般に広まっている考えを鵜呑みにせず、感情や偏見にとらわずに事実を把握する、という大切なスキルを成長させてくれたと述懐しています。
1895年にDr.サザーランドは、当時は賛否両論があったthe American School of Osteopathy(the Kirksville College of Osteopathic Medicine と改名)という医学校に入学しました。Dr.サザーランドは非常に優秀な医学生であり、1898年に25歳で同校を卒業しました。
その人生の大半において、Dr.サザーランドの研究や臨床はミズーリで行われました。多くの優れた生徒の育成や多くのクライアントからの感謝にもかかわらず、彼の熱心な仕事ぶりやこの分野への献身は、彼が活動していた時代には広く知られることがありませんでした。のみならず、彼が初期の出版物で紹介した「1次呼吸」のメカニズムに基づく理論は「いかさま」のラベルを貼られて強烈な批判にさらされ、彼に大きな落胆を与えました。今日では、Dr.サザーランドのワークは医学的な事実として認められています。
これらの活動初期の緊迫した状況は彼の結婚生活にも悪影響をもたらし、彼は1920年代に最初の妻との離婚を経験します。彼とこの妻との間には一人の子供がいました。そののち、1927年に、彼は終生連れ添うことになる2人目の妻Adaと再婚しました。
1951年、78歳になった時、Dr.サザーランドはミッドウエストを去り、より穏やかな気候のカリフォルニア、Pacific Groveに移り住みました。その暫く後、1954年に彼はこの世を去ります。
Dr.サザーランドは医学界に計り知れない貢献をするとともに、彼のワークは今日、米国内外を問わず、多くの同胞たちに敬愛を受け続けています。
======================================================
<訳ここまで>
◆
さて、翻訳はしてみたものの、短いながらも想像以上にヘビーな内容でした。数世代のちの私はサザーランド博士に対しては聖人のようなぼんやりしたイメージしか持っていませんでしたが、こうやって経歴を見ると、ともかく苦労に苦労を重ねた大変な苦労人というイメージしかないですね…。クラニオがあまりにも時代を先取りしすぎた内容だったため、当時は理解者もとても少なかったのでしょう。
彼が入学したという「オステオパシー大学」も、今でこそ米国のオステオパスは医者と同等の権威を持っているそうですが、オステオパシー自体が創始されて間もない当時は学校自体がやや疑惑の目で見られていたのかもしれませんね。
頭蓋の状態が身体に及ぼす影響について、若かりし頃(オステオパシー大学卒業前後位)の彼が自分の身体で様々な実験をした時、奥さんが彼の取り組みについて感想を残したことがクラニオの講座テキストにはエピソードとして取り上げられているのですが、彼の活動の後援者であったであろうその奥さんとも後に離婚していたのですね。何とも痛ましい気持ちになります。
さしたる深い理由もなく選んだサザーランド博士の経歴ですが、翻訳してみてよかったです。多くの苦労を経て作り上げられ、世間の風評を恐れぬ多くの勇気ある人々の手によって発展してきたクラニオ、私も大切にしなければ、という思いにさせられました。
それで、何を翻訳しようかと思っていたんですが、クラニオ創始者であるサザーランド博士自身についてほとんど知らないことに気づいたので、さっそく検索してみたところ、英語サイトには彼の写真やら経歴やらが結構載っていることを発見しました。
以下は海外のクラニアル オステオパシーのサイトにあったサザーランド博士の経歴ページ。肖像画もあり、ダンディな紳士という雰囲気が漂っています。
http://www.osteohome.com/SubPages/wgs.html
同サイト別ページにご当人の写真もありました。これは貴重ですね。 http://www.osteohome.com/SubPages/WGSphotos.html
先のページのサザーランド博士の紹介文は結構充実していて、それほど内容も難しくないので、これを翻訳素材にさせていただきました。業績とBiographyとあるうち、Biographyの部分だけ訳してみます。例によって訳は大雑把です…。
<以下大雑把訳>
======================================================
◆ 経歴:William Sutherland, DO(1873-1954)
Dr.サザーランドは1873年に米国ウィスコンシンの労働者階級の家庭に生まれました。彼の父は鍛冶屋、母は主婦でした。兄弟は3人おり、彼は上から3番目でした。
彼が就いた最初の仕事はウィスコンシン北部の地方紙の記者でした。Dr.サザーランドは、記者としての仕事の経験は、一般に広まっている考えを鵜呑みにせず、感情や偏見にとらわずに事実を把握する、という大切なスキルを成長させてくれたと述懐しています。
1895年にDr.サザーランドは、当時は賛否両論があったthe American School of Osteopathy(the Kirksville College of Osteopathic Medicine と改名)という医学校に入学しました。Dr.サザーランドは非常に優秀な医学生であり、1898年に25歳で同校を卒業しました。
その人生の大半において、Dr.サザーランドの研究や臨床はミズーリで行われました。多くの優れた生徒の育成や多くのクライアントからの感謝にもかかわらず、彼の熱心な仕事ぶりやこの分野への献身は、彼が活動していた時代には広く知られることがありませんでした。のみならず、彼が初期の出版物で紹介した「1次呼吸」のメカニズムに基づく理論は「いかさま」のラベルを貼られて強烈な批判にさらされ、彼に大きな落胆を与えました。今日では、Dr.サザーランドのワークは医学的な事実として認められています。
これらの活動初期の緊迫した状況は彼の結婚生活にも悪影響をもたらし、彼は1920年代に最初の妻との離婚を経験します。彼とこの妻との間には一人の子供がいました。そののち、1927年に、彼は終生連れ添うことになる2人目の妻Adaと再婚しました。
1951年、78歳になった時、Dr.サザーランドはミッドウエストを去り、より穏やかな気候のカリフォルニア、Pacific Groveに移り住みました。その暫く後、1954年に彼はこの世を去ります。
Dr.サザーランドは医学界に計り知れない貢献をするとともに、彼のワークは今日、米国内外を問わず、多くの同胞たちに敬愛を受け続けています。
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<訳ここまで>
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さて、翻訳はしてみたものの、短いながらも想像以上にヘビーな内容でした。数世代のちの私はサザーランド博士に対しては聖人のようなぼんやりしたイメージしか持っていませんでしたが、こうやって経歴を見ると、ともかく苦労に苦労を重ねた大変な苦労人というイメージしかないですね…。クラニオがあまりにも時代を先取りしすぎた内容だったため、当時は理解者もとても少なかったのでしょう。
彼が入学したという「オステオパシー大学」も、今でこそ米国のオステオパスは医者と同等の権威を持っているそうですが、オステオパシー自体が創始されて間もない当時は学校自体がやや疑惑の目で見られていたのかもしれませんね。
頭蓋の状態が身体に及ぼす影響について、若かりし頃(オステオパシー大学卒業前後位)の彼が自分の身体で様々な実験をした時、奥さんが彼の取り組みについて感想を残したことがクラニオの講座テキストにはエピソードとして取り上げられているのですが、彼の活動の後援者であったであろうその奥さんとも後に離婚していたのですね。何とも痛ましい気持ちになります。
さしたる深い理由もなく選んだサザーランド博士の経歴ですが、翻訳してみてよかったです。多くの苦労を経て作り上げられ、世間の風評を恐れぬ多くの勇気ある人々の手によって発展してきたクラニオ、私も大切にしなければ、という思いにさせられました。
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※このイベントは参加人数が定員に達したそうです。
あまり需要はないだろうと思っていたので驚きです…。
参加表明いただいた方々、ありがとうございます。
============================================================
主催者の方から、私が講師を務める「プラクティショナーニュートラルを体験する講座」案内が告知されました。「クラニオの「ニュートラル」に学ぶ」という名前で、10/13(土)の18時から埼玉県東松山市であります。講座詳細並びに、参加お申込みは以下のURLをご参照ください。
◆ココロとカラダの学びの場「10/13のWSのお知らせ」
http://manabinoba.exblog.jp/16827626/
主な内容は、クラニオと「プラクティショナーニュートラル」の簡単な説明と「プラクティショナーニュートラル的な状態」になってみる体験を行う予定です。プラクティショナーニュートラルは、端的に言えば(クラニオバイオダイナミクスのセッションを行うのに必要な)「きわめて落ち着いている状態」です。そのため、静かにじっとしている時間が多い講座です。主役はプラクティショナーニュートラルで、クラニオの技術そのものをお教えする講座ではないです。
まあ、講師を引き受けておいて言うのもなんですが、良くも悪くもマイナーで地味な講座内容であることは疑いようもないので、私としては、先のURL先の講座案内やこのブログを見て、何か気になってしまった方、心惹かれるものを感じた方に集っていただければと思っております。
クラニオや身体を使う技法にあまり馴染みがない方には、神秘的じゃない瞑想体験もしくは厳しくない座禅みたいな非日常体験として、何がしかの身体技法をすでに学ばれている方には、いつもと若干違った視点から、ふだん当たり前にやっていること(プラクティショナーニュートラルなる大層な名前ですが、姿勢や意識に関しては他分野と結構似た点が多い気がするので)を新鮮に捉えなおす機会となればと願っています。
あまり需要はないだろうと思っていたので驚きです…。
参加表明いただいた方々、ありがとうございます。
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主催者の方から、私が講師を務める「プラクティショナーニュートラルを体験する講座」案内が告知されました。「クラニオの「ニュートラル」に学ぶ」という名前で、10/13(土)の18時から埼玉県東松山市であります。講座詳細並びに、参加お申込みは以下のURLをご参照ください。
◆ココロとカラダの学びの場「10/13のWSのお知らせ」
http://manabinoba.exblog.jp/16827626/
主な内容は、クラニオと「プラクティショナーニュートラル」の簡単な説明と「プラクティショナーニュートラル的な状態」になってみる体験を行う予定です。プラクティショナーニュートラルは、端的に言えば(クラニオバイオダイナミクスのセッションを行うのに必要な)「きわめて落ち着いている状態」です。そのため、静かにじっとしている時間が多い講座です。主役はプラクティショナーニュートラルで、クラニオの技術そのものをお教えする講座ではないです。
まあ、講師を引き受けておいて言うのもなんですが、良くも悪くもマイナーで地味な講座内容であることは疑いようもないので、私としては、先のURL先の講座案内やこのブログを見て、何か気になってしまった方、心惹かれるものを感じた方に集っていただければと思っております。
クラニオや身体を使う技法にあまり馴染みがない方には、神秘的じゃない瞑想体験もしくは厳しくない座禅みたいな非日常体験として、何がしかの身体技法をすでに学ばれている方には、いつもと若干違った視点から、ふだん当たり前にやっていること(プラクティショナーニュートラルなる大層な名前ですが、姿勢や意識に関しては他分野と結構似た点が多い気がするので)を新鮮に捉えなおす機会となればと願っています。
最近、クラニオ学習の原点に返ろうと思って、セミナー1のテキストを読み直しています。そうやって読み進めているうちに、頭部に触れる基本的なハンドポジション(相手への触れ方)の幾つかが載っているページまで来たのですが、その触れ方のつもりでやっていた最近の自分のハンドポジションは、テキストのものから微妙に違う形になっていることに気付きました。頭部に触れた時に受ける方の気持ちよさなどを聞きながら手の置き方を変えているので、その繰り返しの中で、最初がどんな形だったかを忘れかけていたようです…。
◆
正確に目的の場所に手を置くことが必要なボディワークも多いと思いますが、クラニオ・バイオダイナミクスの場合はおおむね自分がふれるべきと感じた場所付近に手が置いてあればセッションの流れ上は問題ないようです。触れている部位を緩めることを主目的としているのではなく(結果的に緩むことは多々ありますが)、触れている部位を通して受ける方の身体の全体性につながっていくことや、様々な層の身体全体のバランスの回復を助けることがコンセプトだから、触れ方自体は割と大雑把でも起きることは起きるのでしょう。
実際、無茶なことをしない限り、どこにどう触れていても、全体の様子はある程度わかりますし、クラニオ・バイオダイナミクスのセッションで重要なのは、どちらかというと、細かい触れ方よりは術者自身が介入しない態度や、プラクティショナーニュートラルを維持するスキルでは、という思いもあります。実際、そちらのスキルが大雑把だと色々困ります。
◆
…とはいうものの、今回セミナー1のテキストを見て、「この触れ方は液の流れにつながりやすく…」などと記述されているのを眺めるにつけ、やはりできるだけ正確な触れ方をした方がより良いのでは、という思いもまた涌きつつあります。先人の試行錯誤の末に、バイオメカニクスだけでなくバイオダイナミクスでも、これらの形がスタンダードとされているわけですから、触れた部位を緩めるという目的がなくても、正確なハンドポジションを取ることで、「身体の声によりよく耳を傾ける」といったメリットが得られ、結果的に受ける方の調整の働きがより促進されたり、より楽な変化をできるかもしれない、という思いもあります。
◆
基本的なハンドポジションといっても、頭部のデリケートな部位に触れるので、初心のころにやっていると、押すような意図を持たなくても、受ける方は結構圧迫感を感じたり、やっている自分のかまえが不安定になったりして、やっていてとても不安になってしまうので、基本的だから簡単という印象はありませんでした。まあ、基本というのは重要だから基本といわれているのであって、実はシンプルなようで案外難しいものだと思いますけども、これもその例に漏れずです。もっとも、私はその体験の印象が強く、未だにしっかりと触れることに微妙な抵抗感を持っていて、つい楽な触れ方になってしまう気もしています。
ここに触れるべきと感じた直観を無視したり、無理に形を作って、受ける方がしんどくなったら本末転倒なのですが、ある程度上達した今ならば、そういった形に忠実であると同時に、心地よい触れ方ができるのでは、という気もしています。現状維持で楽な方に流れるのもどうかと思いますし、実際どんな効果があるのか確かめたいという思いもあるので、今後は少しずつチャレンジしていきたいところです。
◆
正確に目的の場所に手を置くことが必要なボディワークも多いと思いますが、クラニオ・バイオダイナミクスの場合はおおむね自分がふれるべきと感じた場所付近に手が置いてあればセッションの流れ上は問題ないようです。触れている部位を緩めることを主目的としているのではなく(結果的に緩むことは多々ありますが)、触れている部位を通して受ける方の身体の全体性につながっていくことや、様々な層の身体全体のバランスの回復を助けることがコンセプトだから、触れ方自体は割と大雑把でも起きることは起きるのでしょう。
実際、無茶なことをしない限り、どこにどう触れていても、全体の様子はある程度わかりますし、クラニオ・バイオダイナミクスのセッションで重要なのは、どちらかというと、細かい触れ方よりは術者自身が介入しない態度や、プラクティショナーニュートラルを維持するスキルでは、という思いもあります。実際、そちらのスキルが大雑把だと色々困ります。
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…とはいうものの、今回セミナー1のテキストを見て、「この触れ方は液の流れにつながりやすく…」などと記述されているのを眺めるにつけ、やはりできるだけ正確な触れ方をした方がより良いのでは、という思いもまた涌きつつあります。先人の試行錯誤の末に、バイオメカニクスだけでなくバイオダイナミクスでも、これらの形がスタンダードとされているわけですから、触れた部位を緩めるという目的がなくても、正確なハンドポジションを取ることで、「身体の声によりよく耳を傾ける」といったメリットが得られ、結果的に受ける方の調整の働きがより促進されたり、より楽な変化をできるかもしれない、という思いもあります。
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基本的なハンドポジションといっても、頭部のデリケートな部位に触れるので、初心のころにやっていると、押すような意図を持たなくても、受ける方は結構圧迫感を感じたり、やっている自分のかまえが不安定になったりして、やっていてとても不安になってしまうので、基本的だから簡単という印象はありませんでした。まあ、基本というのは重要だから基本といわれているのであって、実はシンプルなようで案外難しいものだと思いますけども、これもその例に漏れずです。もっとも、私はその体験の印象が強く、未だにしっかりと触れることに微妙な抵抗感を持っていて、つい楽な触れ方になってしまう気もしています。
ここに触れるべきと感じた直観を無視したり、無理に形を作って、受ける方がしんどくなったら本末転倒なのですが、ある程度上達した今ならば、そういった形に忠実であると同時に、心地よい触れ方ができるのでは、という気もしています。現状維持で楽な方に流れるのもどうかと思いますし、実際どんな効果があるのか確かめたいという思いもあるので、今後は少しずつチャレンジしていきたいところです。
1つ前の記事の後半です
◆
なお、こういった問題に関して、クラニオなどに比べると強い刺激(クラニオの刺激が少なすぎるだけですが)を与える技法もあるようですが、仮に強い刺激を使う技法でも、「身体の声を聴いていない」とは言えないと思っています。例えば、最近話題になっている「ロシア武術システマ」のマッサージや、モンゴルの戦士たちが使ったらしいマッサージ術「チュアカ」では、戦場などで戦士が攻撃・ショックを受けた直後や戦場に出る前にに、独特のマッサージで受けた歪みや発生しつつある緊張を取るようです(私は十分理解していないので、詳細は専門家の方に聞いてください)。また、日本の古流武術に伝わってきたという「腱引き」という活法もそういう位置づけの技法のように思います、
これらは、(本来の戦場での用途を想定した場合)ショックを受けた直後に、「不活性なファルクラム」が形をとる前に何とかしてしまおうという考えなのではと思います。すでに出来上がった強固なファルクラムに対してどのくらい有効なのかはわかりませんが、緊急時の対応としてはなかなか効果的なのでは、と思います。
あとは、武術の鍛錬法のうち、決まった姿勢や動作を延々とやっているようなタイプの稽古も、何年かやっていると文字通り姿勢が変わってくるので、これも必ずしも優しい刺激ではないですが、ゆがみや姿勢の改善には密かにかなり役に立つ可能性があると思います。少なくとも、私の場合は稽古をして猫背ではなくなりました…。まあ、こういったゆがみに対しては、かなり強固なものでも、自助努力で何とかできる可能性もありますよ、ということですね。
◆
「不活性なファルクラム」とはまた別の「症状」例としては、手術などのあとで、問題になっている部位は治療が完了したが、その部位が切除なり矯正なりされたことで、体のバランスが崩れている状態(身体が新たなバランスを求めている状態)というのもあるかと思います。まあ、これも病院でゆっくりしていれば大概は何とかなると思いますが、身体全体のバランスを取ることを助けるクラニオ・バイオダイナミクスならば、場合によっては、より効果的な援助が可能かもしれない、と個人的には思っています。症状自体はすでに病院医療で解決していますし、そういった「治療」にクラニオが出張る余地はないので、「身体がバランスを取り戻す援助」というところでしょうか。もちろん、行えるのは手術直後ではなくて、容体がある程度落ち着いてからです。
もし、いつの日か病院とクラニオプラクティショナーが協力し、結果として患者さんの入院期間やその後の社会復帰までの期間が短くて済んだというようなケースができたとしたらすばらしいことではありますが、医療行為ではないですし、現状では病院でやること自体に問題がありそうですね…。
◆
…今回はあまり内容を精査せずに勢いでまとめてみました。結構適当な書き方も多いと思いますが勘弁してやってください。
これを書いていて、結局のところ、ボディワークは、長い目で見て身体の治癒力を高める効果が期待できるといった主張にせよ、辛い状況でも安らぎを得られる、といったリラクセーション的側面にせよ、受ける人が問題だと思ってることは実は問題じゃないんだと理解してもらうような新たな価値観の提供にせよ、やはり、なんらかの「特別なサービス」ではあるわけで、どの辺の領域が得意なのか、「効果」が期待できるとしたらどの辺に可能性があるのか、という視点や考えから逃げるわけにはいかないものだよなあと改めて思いました。そこにあえて答えを用意しないことも含め、術者としての自分なりの見解・スタンスというものは重要なのだろうと思います。
◆
なお、こういった問題に関して、クラニオなどに比べると強い刺激(クラニオの刺激が少なすぎるだけですが)を与える技法もあるようですが、仮に強い刺激を使う技法でも、「身体の声を聴いていない」とは言えないと思っています。例えば、最近話題になっている「ロシア武術システマ」のマッサージや、モンゴルの戦士たちが使ったらしいマッサージ術「チュアカ」では、戦場などで戦士が攻撃・ショックを受けた直後や戦場に出る前にに、独特のマッサージで受けた歪みや発生しつつある緊張を取るようです(私は十分理解していないので、詳細は専門家の方に聞いてください)。また、日本の古流武術に伝わってきたという「腱引き」という活法もそういう位置づけの技法のように思います、
これらは、(本来の戦場での用途を想定した場合)ショックを受けた直後に、「不活性なファルクラム」が形をとる前に何とかしてしまおうという考えなのではと思います。すでに出来上がった強固なファルクラムに対してどのくらい有効なのかはわかりませんが、緊急時の対応としてはなかなか効果的なのでは、と思います。
あとは、武術の鍛錬法のうち、決まった姿勢や動作を延々とやっているようなタイプの稽古も、何年かやっていると文字通り姿勢が変わってくるので、これも必ずしも優しい刺激ではないですが、ゆがみや姿勢の改善には密かにかなり役に立つ可能性があると思います。少なくとも、私の場合は稽古をして猫背ではなくなりました…。まあ、こういったゆがみに対しては、かなり強固なものでも、自助努力で何とかできる可能性もありますよ、ということですね。
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「不活性なファルクラム」とはまた別の「症状」例としては、手術などのあとで、問題になっている部位は治療が完了したが、その部位が切除なり矯正なりされたことで、体のバランスが崩れている状態(身体が新たなバランスを求めている状態)というのもあるかと思います。まあ、これも病院でゆっくりしていれば大概は何とかなると思いますが、身体全体のバランスを取ることを助けるクラニオ・バイオダイナミクスならば、場合によっては、より効果的な援助が可能かもしれない、と個人的には思っています。症状自体はすでに病院医療で解決していますし、そういった「治療」にクラニオが出張る余地はないので、「身体がバランスを取り戻す援助」というところでしょうか。もちろん、行えるのは手術直後ではなくて、容体がある程度落ち着いてからです。
もし、いつの日か病院とクラニオプラクティショナーが協力し、結果として患者さんの入院期間やその後の社会復帰までの期間が短くて済んだというようなケースができたとしたらすばらしいことではありますが、医療行為ではないですし、現状では病院でやること自体に問題がありそうですね…。
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…今回はあまり内容を精査せずに勢いでまとめてみました。結構適当な書き方も多いと思いますが勘弁してやってください。
これを書いていて、結局のところ、ボディワークは、長い目で見て身体の治癒力を高める効果が期待できるといった主張にせよ、辛い状況でも安らぎを得られる、といったリラクセーション的側面にせよ、受ける人が問題だと思ってることは実は問題じゃないんだと理解してもらうような新たな価値観の提供にせよ、やはり、なんらかの「特別なサービス」ではあるわけで、どの辺の領域が得意なのか、「効果」が期待できるとしたらどの辺に可能性があるのか、という視点や考えから逃げるわけにはいかないものだよなあと改めて思いました。そこにあえて答えを用意しないことも含め、術者としての自分なりの見解・スタンスというものは重要なのだろうと思います。
前の記事の続きシリーズです。今回はトラウマ化などの症状とクラニオ(などのボディワーク)の関連についての覚書です。これまでの記事と重なる内容はありますが…。
今回は主にクラニオとトラウマソリューション「ソマテック・エクスペリエンス」の考えを参考にしています。
◆
まず、「トラウマ化」ですが、これは、(私の理解では)大きなショック(精神的、肉体的どちらでも。精神的なショックも結局は肉体の反応なので)、もしくは中規模のショックを継続的に受け続け、神経が「過活性」になっている状態です。一般に言われる「トラウマ」とは必ずしも一致しません。過活性というのは、興奮している・過敏になっている(交感神経の過活性)以外に、ぐったりして動けない・硬まっている(副交感神経の過活性)も含まれます。
このような場合、肉体自体は緊張はしているにせよ、どこかが損傷したりはしていないと思うので、薬物が使用されることがあると思われますが、時にはデリケートになっている神経系にさらに刺激を追加して混乱させてしまうこともあるようで、個人や症状ごとに相性や効果の差があるようにも思います。効かないのではなく、あまりにも効きすぎるゆえの問題も時にありうるということでしょうか(そういう例もありうるというだけで、投薬に反対しているわけではないです)。
このトラウマ化に関しては、クラニオやほかのボディワークが比較的活躍できる領域ではないかと思います。行うこととしては、肉体への何らかの変化を促すことで、自律神経の過活性状態を通常のバランスのとれた状態に近づける援助ができるということです。これらのワークで症状が消えるかはわかりませんし、なくなるにしても1度や2度のワークでは解決しないかもしれませんが、副作用の心配なく、少しでも楽になる・ひと息つける可能性がある、という意味では価値があるのではと思います。要は、精神の影響は肉体に現れる以上(分かりやすい例だと、頭や胸が痛いとか、全身が緊張しているとか)、肉体に対する無理のないアプローチは、何らかの援助に結びつく可能性が高い、ということでしょうか。
◆
また、トラウマ化と若干似たこととして、「何らかのショックを受けた後の防御反応として起こる、緊張や身体のゆがみのパターン」というものがあるかと思います。こうやってできた緊張・ゆがみの中心となる点を、クラニオでは「不活性なファルクラム」といいます。なんかクラニオの常として、かなり分かりやすさが微妙な表現ですが、とりあえずこのまま呼びます。
前の記事に書いた「偏り疲労」は自分の日常動作や日常生活で溜まる「疲労の一種」と呼んでもよいと思いますが、「不活性なファルクラム」は主に精神的ショックとか、事故のような物理的なダメージとか、何らかの外的要因によって発生することが多い印象を持っています。この場合、歪みといっても、防御反応としてショックを吸収するために体が自発的に行ったことなので、むりに解除することは難しいようです。それでも強引に解除した場合、身体はその「調整」の結果を補償するかのように(まだ身体は緊張を解く準備ができていないんだ、と主張するかのように)、別の部位に緊張を起こしたり、ほどなくして元の状態に戻ってしまうことがしばしばのようです。完全に体の声を無視したやり方を行った場合は初期状態より緊張してしまうこともあるようですが、まあ、そんなことはそうそうないとは思います。
このようなときに、クラニオやその他の身体の声・欲求を聴いて行うボディワークならば、必ず状況を解決できるとは限らないにせよ、身体に十分な準備を与えたうえで無理なく歪みのパターンを軽減できる可能性があるのでは、とは思います。少なくともきちんとやれば身体に負荷が少ない方法ではありますから、余計歪んでしまうようなことは起きないと思います。まあ、この「不活性なファルクラム」も強度はいろいろで、休んだり、時間がたてばなくなる場合もあると思いますし、これ単体で命にかかわることはあまりないとも思うので、日常生活に支障がなければ特別なワークを無理に受ける必要はないかもしれませんが。
長くなったので後半に続きます…
今回は主にクラニオとトラウマソリューション「ソマテック・エクスペリエンス」の考えを参考にしています。
◆
まず、「トラウマ化」ですが、これは、(私の理解では)大きなショック(精神的、肉体的どちらでも。精神的なショックも結局は肉体の反応なので)、もしくは中規模のショックを継続的に受け続け、神経が「過活性」になっている状態です。一般に言われる「トラウマ」とは必ずしも一致しません。過活性というのは、興奮している・過敏になっている(交感神経の過活性)以外に、ぐったりして動けない・硬まっている(副交感神経の過活性)も含まれます。
このような場合、肉体自体は緊張はしているにせよ、どこかが損傷したりはしていないと思うので、薬物が使用されることがあると思われますが、時にはデリケートになっている神経系にさらに刺激を追加して混乱させてしまうこともあるようで、個人や症状ごとに相性や効果の差があるようにも思います。効かないのではなく、あまりにも効きすぎるゆえの問題も時にありうるということでしょうか(そういう例もありうるというだけで、投薬に反対しているわけではないです)。
このトラウマ化に関しては、クラニオやほかのボディワークが比較的活躍できる領域ではないかと思います。行うこととしては、肉体への何らかの変化を促すことで、自律神経の過活性状態を通常のバランスのとれた状態に近づける援助ができるということです。これらのワークで症状が消えるかはわかりませんし、なくなるにしても1度や2度のワークでは解決しないかもしれませんが、副作用の心配なく、少しでも楽になる・ひと息つける可能性がある、という意味では価値があるのではと思います。要は、精神の影響は肉体に現れる以上(分かりやすい例だと、頭や胸が痛いとか、全身が緊張しているとか)、肉体に対する無理のないアプローチは、何らかの援助に結びつく可能性が高い、ということでしょうか。
◆
また、トラウマ化と若干似たこととして、「何らかのショックを受けた後の防御反応として起こる、緊張や身体のゆがみのパターン」というものがあるかと思います。こうやってできた緊張・ゆがみの中心となる点を、クラニオでは「不活性なファルクラム」といいます。なんかクラニオの常として、かなり分かりやすさが微妙な表現ですが、とりあえずこのまま呼びます。
前の記事に書いた「偏り疲労」は自分の日常動作や日常生活で溜まる「疲労の一種」と呼んでもよいと思いますが、「不活性なファルクラム」は主に精神的ショックとか、事故のような物理的なダメージとか、何らかの外的要因によって発生することが多い印象を持っています。この場合、歪みといっても、防御反応としてショックを吸収するために体が自発的に行ったことなので、むりに解除することは難しいようです。それでも強引に解除した場合、身体はその「調整」の結果を補償するかのように(まだ身体は緊張を解く準備ができていないんだ、と主張するかのように)、別の部位に緊張を起こしたり、ほどなくして元の状態に戻ってしまうことがしばしばのようです。完全に体の声を無視したやり方を行った場合は初期状態より緊張してしまうこともあるようですが、まあ、そんなことはそうそうないとは思います。
このようなときに、クラニオやその他の身体の声・欲求を聴いて行うボディワークならば、必ず状況を解決できるとは限らないにせよ、身体に十分な準備を与えたうえで無理なく歪みのパターンを軽減できる可能性があるのでは、とは思います。少なくともきちんとやれば身体に負荷が少ない方法ではありますから、余計歪んでしまうようなことは起きないと思います。まあ、この「不活性なファルクラム」も強度はいろいろで、休んだり、時間がたてばなくなる場合もあると思いますし、これ単体で命にかかわることはあまりないとも思うので、日常生活に支障がなければ特別なワークを無理に受ける必要はないかもしれませんが。
長くなったので後半に続きます…
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プロフィール
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HN:
朧 こと 今野
性別:
男性
自己紹介:
会社員生活の傍ら、手技セラピー「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」を学んでいます。
「★クラニオバイオリンク集」ではここ以外のクラニオバイオ関連サイトを紹介しています。
私自身のクラニオセッション等の活動は現在休止中です。
私のプロフィール的なものはこちら
「★クラニオバイオリンク集」ではここ以外のクラニオバイオ関連サイトを紹介しています。
私自身のクラニオセッション等の活動は現在休止中です。
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