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クラニオセイクラル・バイオダイナミクスや身体に関する色々を気まぐれにつづります。
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◆「じっとしている=何もしていない」…ではない
クラニオ(今回語る「クラニオ」は特にクラニオ・バイオダイナミクスの話です)は、外見だけ眺めると、相手の方に尋常でなく静かに触れてじっとしている…という技法です。奇妙といえば奇妙な光景です。
でも、触れてじっとしているからといって、「なにもしない(放置)」わけではありません。何をしているのか、と問われれば、「相手の方に入力(刺激ともいえる)を与えずに静かに触れている」とでもなりましょうか。そして、「入力を与えない」ことを続けるには結構な努力が必要なわけです。クラニオでは、これまでも(たしか)書いてきたように、相手の方の肉体を押したり引っ張ったりしないことはもちろん、エネルギーを送ってみたり、心の中で話しかけてみたり、祈ったりもしませんし、受け手の方の身体状態を無闇に観察してみたり、この骨は動くべきだといった意図も持たないようにします。「入力」というのは、これら一連の「押したり引っ張ったり~」の「相手に対して何かしよう」「相手の身体はこうなるべきだ」といった行動(意思の働き含め)全てですね。つまり、見た目が似ていても、気功やエネルギーワークとはやっていることが異なるわけです。一見何事もおこらなそうな「触れているが刺激を加えないようにしている(でも放ってはおかない)」ことが、受け手の方の身体に必要な働きを引き出す…という独特の方法論がクラニオにはあるためです。何かを治そうとか、何とかしてあげたいといった意志もクラニオのセッション中は障害となります。「可能な限り中立に、ただそこにある」ことがより重要とされます。

前述の表現をもう少し詳しくすると、「自分の姿勢を正しながらリラックスして相手に触れ、相手の中でおきていることを見守りながらも、相手への入力を与えないようにし続ける」とでもなりますかね。つまり、入力を与えないといっても、同じ状態でただ石像のように止まっていればよいというわけでもありません。相手の方を放置しないように、変動していく身体の状態が分かっている必要もありますし、自分の姿勢がぐらぐらすると、相手の方の動きに自分が引っ張られてしまい、セッションが成り立たなくなりかねないので、ちゃんと姿勢を正して座っている必要もあります。

◆実はやることが多い
更に、受け手の方の身体が変化(例えば、固まって動かなくなっていた部位が開いてきた場合など)してきたら、やる側もその変化にあわせた対応をしばしば行います。例えば、やる側が最初と同じ状態のままだと、受け手の方の広がりつつある身体を結果的に締め付けてしまうことがあるので、相手の方の身体が微妙に広がった分(外見に現れない程度ですが)、手を柔らかくしたり意識を引いたりして、外見に現れない範囲でごく微細に間合いを調整するなどです。相手にあわせるといっても、「相手の変化を助長させる」わけでもありません(そういうスキルもあるので、必要だと思ったらやるかもしれませんが)。受け手の方の動きを過不足なく把握し、必要がある時だけ、外見に現れない程度に動く感じです。もちろん、息はしてますし、時計を見たり、たまに深呼吸したり、ちょっと足を動かしたりのくらいの「見える動き」はしています…。これをやる側の人は自分の意識や姿勢が大きく乱れぬ程度にリアルタイムで行っています。
セッションには色々な展開があるので、距離感の調整は必ずやっているわけではありませんが、適切な距離感が分かること自体は快適なクラニオセッションの実施にほとんど必須と思います。どなたでも案外距離感には敏感だったりするものです。

…というわけで、クラニオをやる人は、実は止まっているようでいて、以外に色々な事をしており、受け手の方の変化にも対応しているわけです。これは、知識として分かっていてもなかなか実行は難しいものがあります。意識を広げるなどの対応は外からは全く見えないので、自分で把握するほかなく、十数分同じ姿勢のまま(あまり)動かないことが普通ですので、伝統武術で要求されるほどでないにせよ、しっかりと地に足が付きつつもリラックスした姿勢がある程度できている必要もあります。クラニオの教程の修了に長い時間がかかるのも、この「姿勢」や「相手に入力を与えないようにし続けるための細かな技術」をある程度でも身につけるのに相当な時間がかかるからだと思っています。触れ方だけなら数日の講座でも身につくと思いますが、それはクラニオの「外形」であり、「中身」は先生や先輩のアドバイスや、自分が受けた時の体感なども参考にしつつ、実践にて自得し、何年もかけて深めていかねばならないという事ですね。実に武術稽古的ですね(違うか)。

◆結局謎なわけですが
何故「外部からの入力(刺激)がない(でもひとりぼっちでもない)」が、受け手の方に何らかの恩恵をもたらしうるかは厳密な意味では謎です。ただ、「入力なし」状態での接触を続けることで、より静かな場が構築されると、受け手の方の身体(主に中枢神経系)システムは深いリラックス状態に入り、骨や体液や膜のシステムが身体深層から再構成するといった恩恵もしばしば得られるらしい…という先人たちの発見があった(そして後に続く我々もどうやらそれを感じている)だけです。そして、その「入力しない」かつ「相手の方の変化に適切に対応する」技法の精度を高めていく方向で、クラニオ(バイオダイナミクス)独特のセッション技術は発展してきたのだろうと思っています。ちなみに、念のためいうと、クラニオがそういった働きを起こさせるわけではなく、クラニオ技法はもともと身体が持っている、環境に適応しようとする(あるいは自ずから整おうとする)働きを邪魔しないようにするというだけです。身体の再構成などは身体自身がやっています。

もっとも、そう語ったところで、上記が理屈としては正体不明であることは変わりなく、私としても「「入力しない」こそ絶対の方法論だ!」とか「クラニオは史上最強の万能技術なのだ!」とか言い張る気は全然ありません。実際、ほとんどの身体技法では、様々な「入力」の手段が身体に快適さをもたらす例が多々あり、クラニオ全体を見ても、多少の入力を加えることで問題解決をしようとする方法もあるので、これらの方法論に「正しい答え」はないし、それでいいのだろうと思っています。このように、技法それぞれに独特の身体・生命観が存在する身体ワーク世界においては、「見た目上派手に効くことが正しい」「理屈で説明できれば正しい」わけでもないと思うので、最終的に、どれを自分がやるか、受けるかは、セッションの体感や技法の世界観の好みの問題、あとは縁としかいいようもない気もします。

まあ、今回書いたようなことは「そういうこともあるのかもしれないな。」と受け入れられる余地のある方が受け入れてくださればよいかなとも思っています。「目に見えない」部分が多い技法というのは、クラニオに限らず、謎や分かりづらさがつきまとう部分もありますが、私としては、このクラニオ・バイオダイナミクスの「謎やわかりづらさ」の部分をこそ大切にしていきたいとも思うのでした。

※2013/10 言い回し修正。

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朧 こと 今野
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自己紹介:
会社員生活の傍ら、ICSBという団体の教程で手技セラピー「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」を学んでいます。

「★クラニオバイオリンク集」ではここ以外のクラニオバイオ関連サイトを紹介しています。

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