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クラニオセイクラル・バイオダイナミクスや身体に関する色々を気まぐれにつづります。
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ブログネタが尽きている状態は日々進行中です。私がクラニオに関して語れることはそんなにないっすよ…理屈の部分は不完全ながらここでかなり書いたと思うし…というわけで、また英語クラニオ関連サイトを極めて大雑把に翻訳するパターンに戻ってまいりました。

それで、何を翻訳しようかと思っていたんですが、クラニオ創始者であるサザーランド博士自身についてほとんど知らないことに気づいたので、さっそく検索してみたところ、英語サイトには彼の写真やら経歴やらが結構載っていることを発見しました。

以下は海外のクラニアル オステオパシーのサイトにあったサザーランド博士の経歴ページ。肖像画もあり、ダンディな紳士という雰囲気が漂っています。
http://www.osteohome.com/SubPages/wgs.html

同サイト別ページにご当人の写真もありました。これは貴重ですね。 http://www.osteohome.com/SubPages/WGSphotos.html

先のページのサザーランド博士の紹介文は結構充実していて、それほど内容も難しくないので、これを翻訳素材にさせていただきました。業績とBiographyとあるうち、Biographyの部分だけ訳してみます。例によって訳は大雑把です…。


<以下大雑把訳>
======================================================
◆ 経歴:William Sutherland, DO(1873-1954)

Dr.サザーランドは1873年に米国ウィスコンシンの労働者階級の家庭に生まれました。彼の父は鍛冶屋、母は主婦でした。兄弟は3人おり、彼は上から3番目でした。

彼が就いた最初の仕事はウィスコンシン北部の地方紙の記者でした。Dr.サザーランドは、記者としての仕事の経験は、一般に広まっている考えを鵜呑みにせず、感情や偏見にとらわずに事実を把握する、という大切なスキルを成長させてくれたと述懐しています。

1895年にDr.サザーランドは、当時は賛否両論があったthe American School of Osteopathy(the Kirksville College of Osteopathic Medicine と改名)という医学校に入学しました。Dr.サザーランドは非常に優秀な医学生であり、1898年に25歳で同校を卒業しました。

その人生の大半において、Dr.サザーランドの研究や臨床はミズーリで行われました。多くの優れた生徒の育成や多くのクライアントからの感謝にもかかわらず、彼の熱心な仕事ぶりやこの分野への献身は、彼が活動していた時代には広く知られることがありませんでした。のみならず、彼が初期の出版物で紹介した「1次呼吸」のメカニズムに基づく理論は「いかさま」のラベルを貼られて強烈な批判にさらされ、彼に大きな落胆を与えました。今日では、Dr.サザーランドのワークは医学的な事実として認められています。

これらの活動初期の緊迫した状況は彼の結婚生活にも悪影響をもたらし、彼は1920年代に最初の妻との離婚を経験します。彼とこの妻との間には一人の子供がいました。そののち、1927年に、彼は終生連れ添うことになる2人目の妻Adaと再婚しました。

1951年、78歳になった時、Dr.サザーランドはミッドウエストを去り、より穏やかな気候のカリフォルニア、Pacific Groveに移り住みました。その暫く後、1954年に彼はこの世を去ります。
Dr.サザーランドは医学界に計り知れない貢献をするとともに、彼のワークは今日、米国内外を問わず、多くの同胞たちに敬愛を受け続けています。
======================================================
<訳ここまで>


さて、翻訳はしてみたものの、短いながらも想像以上にヘビーな内容でした。数世代のちの私はサザーランド博士に対しては聖人のようなぼんやりしたイメージしか持っていませんでしたが、こうやって経歴を見ると、ともかく苦労に苦労を重ねた大変な苦労人というイメージしかないですね…。クラニオがあまりにも時代を先取りしすぎた内容だったため、当時は理解者もとても少なかったのでしょう。

彼が入学したという「オステオパシー大学」も、今でこそ米国のオステオパスは医者と同等の権威を持っているそうですが、オステオパシー自体が創始されて間もない当時は学校自体がやや疑惑の目で見られていたのかもしれませんね。

頭蓋の状態が身体に及ぼす影響について、若かりし頃(オステオパシー大学卒業前後位)の彼が自分の身体で様々な実験をした時、奥さんが彼の取り組みについて感想を残したことがクラニオの講座テキストにはエピソードとして取り上げられているのですが、彼の活動の後援者であったであろうその奥さんとも後に離婚していたのですね。何とも痛ましい気持ちになります。

さしたる深い理由もなく選んだサザーランド博士の経歴ですが、翻訳してみてよかったです。多くの苦労を経て作り上げられ、世間の風評を恐れぬ多くの勇気ある人々の手によって発展してきたクラニオ、私も大切にしなければ、という思いにさせられました。

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朧 こと 今野
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自己紹介:
会社員生活の傍ら、ICSBという団体の教程で手技セラピー「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」を学んでいます。

「★クラニオバイオリンク集」ではここ以外のクラニオバイオ関連サイトを紹介しています。

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