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クラニオセイクラル・バイオダイナミクスや身体に関する色々を気まぐれにつづります。
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眼精疲労で風邪引いた日記を書いたら、野口整体をされているmentosさんから、目の疲れの対応について情報をいただきました。

野口整体では、目の上に蒸しタオルを乗せる対応が一般的だそうですが、今は普通に薬局等で購入できる便利な商品もあるとのこと。詳細はmentosさんのブログからどうぞ ⇒「稽古の合間に」-「目の疲れ」


mentosさんの記事を読んでいて、私もクラニオ講座で目の疲れ向け対応法を習ったことがあると思い出しました。誰でもできて簡単なので手順を書きます。

1.自分の両掌をこすり合わせて温める。

2.自分の両目を1で暖めた両掌で覆う。できるだけ掌をぴったり付け、
  掌で覆った目を開けても外の光が入らない位になるとなお良いです。

3.目をつぶって数分(厳密には決まっていません)そのままでいます。
  手を置いている間、特に変わったことをする必要はありません。
  やっていて寝てしまったらそれはそれで問題ないです。

要は蒸しタオルの役割を自分の掌でやる方法です。やると確かに楽にはなります。なお、私自身は、めんどくさくてあんまり使ってません。今後は眼精疲労でダウンする前にもう少し有効活用せねば…。


なお、このやり方で、掌を他人の目の上に置いてあげることもできます。それだと受ける人は自分が緊張しないのでより楽です。しかし、やる側は寝ている人の顔の上に手を置く場合、余程慣れていない限りは覆い被さるようになったりして、多分いまいち安定しないので、結構めんどくさいです。
座っている人の背後から目隠しをするかのように実行した方が気軽にやれると思います。やる側の人は、自分の肘や前腕を、相手の肩なり、(受ける人が椅子に座っている場合は)椅子の背もたれなりに置けば楽です。

まあ、人によっては2人して数分じっとしていると空しくなってくるかも知れないので、この方法は家族なり気心の知れた人と変わったスキンシップが取りたい方向けになりそうな気もします。少なくとも1人なら、蒸しタオルなり便利商品の方が手っ取り早そうです。


要は「疲れ目はほどよく温めるのが良い」ってことですね。他にも色々手軽にできる方法がありそうです。眼精疲労も当然寝れば回復しますが、より効率的に回復を促す補助手段はいろいろありそうだ、ということで、選択肢のひとつとして頭の片隅にでも留めていただければと思います。

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眼精疲労が極限に達したらしく、先週末に風邪を引いてダウンしました。もっとも、私の場合は会社の日常業務でほぼ1日中パソコンを眺め、帰りの電車内で活字の細かい本を読み、家に帰ったらまたパソコンを眺め、気晴らしに漫画やら活字の細かい本やらを読み、更に時間があれば(場合によっては睡眠時間を削ってでも)ゲームもし、深夜アニメまで観るという素晴らしく目に悪い、残念な人を代表するような生活をしているので、まあ、当然の報いというやつではあります。
武術稽古などの目を積極的に使わない時間もなくはないですが、目を使う時間に比べるとほんの気休め程度に過ぎません…。蓄積しまくった目の疲れ(とその他の身体の疲れ)を強制的に軽減せねばならない状況に至ったので、ダウンするほどの風邪を引いた、というところでしょう。


「風邪は身体の調整作用である」という考えは「野口整体」が提唱する考えです。多分ここにも以前(もしかしたら複数回)書いたとおりで、大雑把に言うと「日頃生活しているうちに蓄積される身体の歪みや疲労がある程度以上に達すると人は風邪を引き身体を再調整する」「風邪を引くことで出る熱やら痛みやらの色々な症状(あまり嬉しくないものが多いですが)は身体の調整作用の表現である」といったところです。
子供の頃から風邪を引きまくってきた私としては、自分の体験と野口整体の書籍で風邪について述べられていることを照らし合わせると納得できる点が多いので、その考えにおおむね賛同しています。もっとも、それ以外の理由でも風邪を引く場合はある気もしますし、「完全に正しい」理屈かはわかりませんが、個人的にはだいたいあってれば十分です。

今回の私の場合は露骨に目が疲れやすくなったり、目に関連する部位が悉く痛くなったりしたため、この風邪は眼精疲労に特に関係ありそうという推測を行うのに十分すぎる状態でしたが、どこがメインの風邪だろうと「たくさん寝る」「水分多めに取る」「暖かくする」「全般的に無理しない」「食べたいものを食べる」といった基本的対応自体は同じだと思ってます。
その他の対応としては、「自分の身体の欲求」を聴くと(と書くと凄そうですが、要するに勘です。)、あれが食いたいとか、今日は○×したら絶対に駄目っぽいぞとか、何とはなしに思い浮かぶものがあるので、そいつに従うとよい場合が多い気がしています。


なお、今回の「身体の欲求」としては「しばらく目が疲れることをしてはいけない」という直観的判断が下されてしまったので、先週末は「パソコン・テレビ・ゲーム・読書全て原則禁止」を実行し、昨日もそれらの「ほぼ禁止」を実施しました。こうなると弱っているから稽古も満足に出来ないし、残念な生活をする私はほとんど寝転がるしかなくなってしまうのですが、身体の要求は最優先なので、粛々と従うのみなのであります。
それらの直観に従わないと、弱っている状態に更に負荷を積み重ねることになり、身体の調整がなかなか終わらず風邪が長引くことになるものと思われます。たぶんですが。

なお、別のタイプの風邪でも、風邪で寝込んでいる時に目を使いまくるのはこれまでの経験からして、あまり推奨できません。目を使うだけでも(テレビゲームは情報量が多いせいか、特に疲れます。)、身体全体に結構負荷がかかるものなので、ごろごろしている時ほどゲーム攻略を進めたくなる同志達の気持ちは嫌と言うほど分かりますが、風邪で寝込んでいる際は、それらの娯楽をできれば何日か休んだ方が風邪は早く経過すると思います。ある程度元気になってから2次元に遊びに行くと言うことで。


私自身は野口整体の考えに触れて以来、風邪に対しては、ああ調整の時期が来たか、とか、確かに無理したし仕方ないな、という感じの受け取り方をするようになり、風邪を殊更に嫌う気持ちはあまりないわけですが、結構派手に症状が出ることもあるので、これまでは、何か軽減するための手段を講じた方がいいのかなと思っていました。
しかし、今回「目を使うこと禁止令」を出して手持ちぶさたに横になっている時、殊更に軽減するための手段を行わなくても、風邪自体が調整の過程だとしたら、変に他の手段を弄しようとせず、むしろガッツリと今でている痛みやら症状に向き合ってみた方がいいんじゃないか、と何となく思いました。プロセスワークなどには「症状に向き合う」種類のワークがありますが、身体が普段とは違う状態になっているのだから、それに近い機会と捉えてみるというか。

今回はそうしてごろごろしていると、ずっと忘れていた過去の情景や出来事が思い浮かんできたりしました。風邪は心身の色々な側面の整理整頓を行っているのかもしれない、となんとなく感じました(心や記憶も肉体の状態とも関係あるわけですが)。とりあえず、私にとって、今回の風邪やら諸々の不調やらは、「そこに至るまでの自分自身」を見直すにあたって、いつも以上によい機会であったように思います。まあ、まだ咳などはしているので、いつもの調子でいくと、風邪が抜けるまでにあと何日かはかかりそうだな、とも思っているわけですが…。


なお、上記はあくまで私の考えで、風邪の時に自分がそう過ごしてみるのもありだな、と思っているだけなので、他の人に推奨する気はありません。基礎体力が落ちている人は風邪で熱が出ること自体や、調整の過程の痛み自体が大きな負担になることもあるかと思うので、薬を飲むなりして症状を軽減する手段を使った方が良いこともあると思います。また、どうしてもやらねばならん仕事がある場合はただ自分の状態を眺めて過ごすわけにもいかないでしょうし、その辺りは各人が判断する方がよいでしょう。

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先日のクラニオ・ファイナルプロジェクト発表の前に基礎講座(私がこの数年受けてきたやつ)をひととおり修了した人を対象にしたアドバンス講座というものがあったのですが、私は仕事の関係でそれには参加できませんでした。
しかし、それに参加した同期と先輩が、そこで習ったハンドポジション(触れ方)の概要を何回かの交換セッションの中で紹介してくれることになりました。紹介してくれるのはあくまで手順であり、実際の講座ではその場の空気に触れて学ぶ部分がとても重要と思いますが、手順だけでも十分得るものがありそうです。ありがたいものです。


そして先日、第1回目を実施してもらいました。今回のアドバンス講座の内容は数日かけての「内臓に対する働きかけ」のシリーズだったそうで、「1日2~3臓器」くらいのペースで進んだようです。なお、内臓のポジションといっても、変化は触れた内臓だけではなく、手足の神経や腹部など、クラニオの常として「全体」に及びます。今回紹介してもらったのはそのうち「肝臓+胆のうへの働きかけ」でした。

「働きかけ」というのも、例によって、ゆるめようとか組織の動きを増幅しようといった積極的なアクションはせず、触れて「待つ」「聴く」のみなのですが、内臓に対応するポジションの場合は触れ方も含めて、「対象の臓器の存在をある程度意識する」ことが必要なようです。内臓は身体の奥の方にあるため、当然ながら直接触れられず、漫然と体に触れていても動きがわかりにくいので、自分の意識を上手に使うことが必要そうだという印象でした。
これは例えば、内臓のみに意識が集中してしまうと視野が狭まったり、自分が緊張しすぎたりして「全体」を見る視点が失われたり、内臓にダイレクトに負荷をかけてしまいそうなので、全体と部分のバランスを取りながら適切に自らの意識を扱うことが必要そうだということです(「意識を向ける」は説明が難しい概念ですが)。それを安定して行うには、確かにアドバンス講座に進める程度のクラニオ経験があるにこしたことはない、と思いました。


この内臓ポジションをどんな時に使うか、に関しては、クライアントさんに内臓の調子が悪いと聞いたからこのポジションを行う、というよりは、セッションの流れの中で「特にこの内臓付近に触れると良さそうな感じ」がしたときに適切に対応するための選択肢の1つという位置づけに思えました。頭の知識よりは感覚やセッションの展開によって使うかどうかが決まってきそうです。
実施の結果としては、その内臓が抱えている緊張が減ったり、乾いた感じだった臓器にうるおいが出たりするようですが、それに伴って身体全体のバランスも結構変わるようなので、丸1日くらいは少し動き慣れない感じもします。このように変化幅が結構ありそうなので、あまりにも内臓が弱っている場合は逆に行わない方がよい気はしました(その場合は内臓以外に触れるように身体が教えてくれると思います)。

先に述べたように、クラニオバイオで相手にするのは「目の前のクライアントさんの「全体」」ではあるのですが、やはり「足に触れているときの「全体」」と「特定の内臓付近を意識して触れているときの「全体」」はおそらく性質が違うもので、それらに触れたときに起こることもまた異なるのだろうと思います。その意味で、「どこに触れても「全体」が対象」とはいえ、色々な触れ方の選択肢を持っていることは大切だなと思いました。


現在、個人的興味から、陰陽五行の本「陰陽五行説 その発生と展開」を読んでいるのですが、個々の内臓は五行の属性と対応していたり(厳密には、五行が象徴する臓器と西洋の臓器とは同名でも微妙に異なるようですが)、経絡の通り道として設定されています。
例えば、今回扱った肝臓と胆のう(正確には「肝」と「胆」)は五行(木火土金水)のうち「木」の属性を持ち、「筋」を司り、経絡を通じて「目」などにも関係があるといった具合です。肝臓は怒りをためこむ器官との説明がクラニオ講座中ではあったそうですが、陰陽五行の本にも肝の機能が低下すると怒りっぽくなるとあったりするので、完全同一視は出来ずとも、臓器に関する東西の身体観にはどこどなく共通点もありそうです。

というわけで、この企画で内臓について理解を深めることで、五行の理論と何らかの共通点が見いだせたり、新たな身体の見方が増えるのではないか、と色々期待しています。

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ネタが尽きそうになっている状態は継続中です。先日のクラニオ・ファイナルプロジェクトの発表を思い出しつつ、何とか書いてみます。


ファイナルプロジェクトでは、同期のTさんがプレゼンで「リラクゼーション(正しくは「リラクセーション」だそうです。)」という言葉を説明されたのですが、ここで「リラクゼーション」は、「生体が少々の負荷に耐えられる、ストレス抵抗が高まった状態」という意味なのだと聞き、(出典は不明ですが、文脈からするとハンス・セリエの「ストレス学説」だと思います。違ったらすみません。)普段使われている「弛緩」的意味のとは異なることを知って少し驚きました。

Tさんは「リラクゼーション」に関連して、「「リラックス」という休息的状態と「アクティベーション」という活動的状態のバランスが状況に応じて上手に取れる」ことについても説明されていました。もっと簡単に言うと「目の前の物事に適切に対応できる状態」が「リラクゼーション」となりそうです。いずれにせよ、厳密には「弛緩させること=リラクゼーション」とは限らないってことですね。


確かに、弛緩することが適切な場合も、あまり意味がない場合もあるというのはもっともです。どこかで書きましたが、「リラックス」を司る副交感神経も、過剰に活性化すると完全無気力状態になってしまうという側面があるくらいなので、弛緩すればするほど良いわけでもありません。もっとも、副交感神経の過活性は通常は極めて大きなショックやストレスによって引きこもり的に起きるもので、少々だらけてみたり、私のようにそこらで居眠りしまくっている程度ではならないと思いますので、ご安心(?)ください。

困難に立ち向かうべき時には交感神経が活性化して「アクティベーション」してくれないと困るわけですし。弛緩する方法が有効であることがしばしばある、というのは、「ストレス下に置かれている人は交感神経の活性化が常態化しているケースがしばしばある」ためであり、弛緩さえすれば、副交感神経優位ならば、いつも全てがうまくいく!ってことはないわけですね。


そういえば、武術の一部の書籍などでも、「脱力」が強調されていることがありますが、これも、武術の特殊な(相手が襲ってくるような)状況設定ゆえに「緊張しすぎ」になりがちなところを「適切な弛緩」を組み合わせることで、「適切な緊張」を保った構えや身体状態を得る助けになって、結果的に対応力が増す、というような意味なんだろうと個人的には理解しています(完全脱力にも私が知らない意味があるのかも知れないので何とも言えませんが)。
「緊張と弛緩のバランスが取れた姿勢を獲得する」「敵対的な相手を前にした状況設定でも適切に対応しやすくなる」効果が得られるならば、勇猛な武術流派の稽古も立派な「リラクゼーション」と言えるかもしれないですね。


なお、Tさんの発表では、クラニオセッションを通じ、受け手の方の身体は自ずから「リラックス」か「アクティベーション」か、今必要な方に向かって変化することがしばしばであるため、クラニオはよい「リラクゼーション手法」といえますね、というまとめで、なるほど、という感じでした。私も、ハンス・セリエの本を読むなりして、もう少しストレスとクラニオの仕組みについて説明できるようにならなくては、と感じました。

Tさんはクラニオの学びを元に、手軽に「クラニオ的なこと」もとい「手軽なリラクゼーション法」が素人の方でもセルフで体験できるような機会が作れないか模索中のようです。こちらの取り組みもどうなっていくのか、今後に注目ですね。

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先日飼い主さんからの依頼で(実験的ケースですが)猫にセッションをする機会がありました。私は猫にセッションするのは初です。得がたい体験でした。


猫も一応クライアントなので、詳細は省きますが、何となく印象に残ったこととしては、「猫にも1次呼吸はあるらしい」「セッション中は人間と同じような感じで身体の状態が変化していくようだ(「ベッカーの3ステップ」という概念を以前書きましたが http://craniolife.iga-log.com/Entry/58/ 、おおよそそんな流れで変化が起きました)」「でも何か感触が人間と違う気がする(別の生き物ですから当たり前なんですが)」といったところです。

30分ほど触れましたが、猫は途中から、親切にも自ら「寝そべる」に近い状態に徐々に姿勢を変えてくれたので(眠くなっただけかも知れませんが)、より触れやすくなりました。


さすがに猫向けセッションは講習内容になかったので、開始前はクラニオセッションによって、猫にも本当に何か起きるのかさすがに微妙に不安であり、これまで猫にセッションをしたことがある同期や先輩に事前アドバイスも受けてから臨みましたが、結果、概ね納得のいく結果となったので良かったです。

もっとも、猫は喋ってくれないので、「たぶん何か良かったんじゃないだろうか」としかいいようもない部分はあります。また、今回の猫はそれなりに人慣れしていたから良かったものの、人見知り猫には触れるまでに大いなる関門がありそうなので、いつもうまくいくとは限らない部分もありそうです。しかし、それらを考えても、個人的にはある程度手応えが得られた体験ができて良かったと思います。

また、動物の解剖学なども基礎知識程度は覚えておくとなお良いかも知れないとも思いました。

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プロフィール
HN:
朧 こと 今野
性別:
男性
自己紹介:
会社員生活の傍ら、手技セラピー「クラニオセイクラル・バイオダイナミクス」を学んでいます。

「★クラニオバイオリンク集」ではここ以外のクラニオバイオ関連サイトを紹介しています。

私自身のクラニオセッション等の活動は現在休止中です。

私のプロフィール的なものはこちら
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